Free大助!ノーモア冤罪!

「北陵クリニック事件・無実の守大助さんを守る東京の会」事務局長の備忘録〜素人の素朴な目線から冤罪を考える〜

【129】“回答は差し控えます” 絶望の最高裁判所

最高裁が考える「裁判官の独立」って何だ?

前回のブログで “裁判所には冤罪の再発防止策を期待できない” と書きました。今回はその理由について、昨年10月の最高裁判所要請で感じたことを書いてみます。

この要請は、毎年恒例の「司法総行動」の一貫として行ったもの。冤罪を生まない真っ当な司法を実現して欲しいという声を、最高裁に届けました。もう5ヵ月前のことですが、内容はまったく古びていないので紹介します。

(そもそも「司法総行動」とは何か?については、こちらを参照ください)

【76】「司法総行動」で守大助さんの無実、訴えました。 - Free大助!ノーモア冤罪!

10月4日の午後、いろいろな冤罪事件の支援者仲間や弁護士とともに、最高裁を訪ねました。対応してくれたのは、秘書課の2人の職員。40〜50代と思われる女性と、20〜30代と思われる男性でした。

その手には、事前に渡しておいた要請書が携えられていました。要請書は「司法総行動」の実行委員会が作成したものです。

それに対する最高裁の見解を、この日聴くことになっていました。今回とくに強く要請したのが、以下のポイント。要請書から一部を抜粋して紹介します(句読点など一部、編集しています)

  • 最高裁の主導で、第三者委員会の設置等、誤判の原因を究明し、冤罪の根絶に向けた取り組みに着手することを求める。
  • 近年、足利事件志布志事件布川事件、元厚労省局長事件、偽メールなりすまし事件、東住吉事件など多くの冤罪が明らかとなっている。
  • こうした冤罪が生み出される原因は、もっぱら捜査機関(警察・検察)における違法・不当な捜査、自白強要などがあるが、同時に捜査機関の違法・不当な捜査・立証を裁判所が容認してきたことも一因である。
  • しかし裁判所は、誤判・冤罪の原因究明について検証を行っておらず、反省・改善策も明らかにしていない。

 まさに前回のブログで書いた “ 根本的な冤罪の再発防止策をやって欲しい!” というお願いをしたのですが、それに対する最高裁の回答というのが…。

「個別の裁判体の独立を脅かすことになるので、最高裁としての回答は差し控えます」

という素っ気ないものでした。

少し補足をすると “個別の裁判体” というのは、地裁や高裁の裁判官のこと。3人の裁判官(裁判長、右陪席、左陪席)の合議によって審理を行い判決を下すため、このように呼ばれます。

要は日本国憲法で保証された「裁判官の独立」を侵害することになりかねないから、コメントできないと言いたいらしいのです。確かに76条には、こんな規定があります。

すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される

だから最高裁であっても、個別の裁判体を “拘束” できないという理屈でしょう。

憲法の研究で知られる弁護士・伊藤真(まこと)さんも、このように書いています。著書『伊藤真の日本一わかりやすい憲法入門』中経出版から引用します。

裁判官の独立は、司法権の独立の根幹をなす重要な原則です。裁判官が職権を行使する際に、政治権力はもちろん、裁判所や上司である裁判官からもいっさい指示、命令などを受けないということを意味します。外部の政治的な圧力からのみならず、司法府内部の統制からも独立させなければ、実質的に裁判官の職権の独立を図ることができないと考えられたのです。

しかし今回の対応については、ちょっと待て!と言いたい。

私たちが要請書の中で「冤罪」として挙げたのは、DNA鑑定の誤りなどが明らかになって「無罪=無実」が確定した事件ばかり。まだ裁判で争っている「北陵クリニック事件」や「袴田事件」は、入れていません。

つまり、他ならぬ裁判所自身が過ちを認めた事件だけを「冤罪」としているのです。ならば最高裁が襟を正し、再発防止の音頭を取るのは当たり前でしょう。それを「裁判官の独立」に話題をスリ替えて回答を拒否するとは…。司法の最高機関としての責任を放棄して、逃げ回っているとしか思えません。

 ◆最高裁に「言論の自由」はなかった?

要請の参加者は皆あきれて言葉を失ってしまいましたが、 かろうじてこんな問いを投げかけました。

    • Q:「冤罪を生まない司法を実現しようという認識は、私たちと共有していただいてますよね?」
    • A:「回答は差し控えます」
    • Q:「日本国憲法にのっとって司法を運用しようという意思は、おありですよね?」
    • A:「回答は差し控えます」

 最高裁の職員は、この程度の質問に答えることも禁じられているのでしょうか? だとしたら、本当に恐ろしいことです。 

私も、こう伝えました。

  • 「たとえば自動車メーカーが欠陥車を販売してしまったら、本社の責任でリコールをかけて対応する。これが一般企業の常識だ。もし “個別の工場の問題なので、本社は感知しない” などと言ったらどうなるか…? 」

秘書課の2人は、ただ黙っていました。言わんとしていることを理解してもらえたか、かなり不安です。

◆「大崎事件」決定文、いまだに実名は記載されたまま

さらに今回は、こんな要請も行いました(要請書より)

ホームページへ掲載する判決や決定については、実名掲載はしないこと。なお、現時点において実名掲載されている鹿児島・大崎事件の当事者名については、一刻も早く削除すること。

これは言うまでもなく、昨年6月に最高裁が再審を取り消した「大崎事件」についてです。

(概要については、こちらを参照ください)

【111】「大崎事件」再審取消の裏にある許せないハナシ - Free大助!ノーモア冤罪!

【112】「大崎事件」最高裁決定に対する各団体の声明 - Free大助!ノーモア冤罪!

要請書が問題にしているのは、最高裁のHPで閲覧できる決定文に、原口アヤ子さんの実名が記載されていること。通常はプライバシーに配慮して、仮名での記載が当たり前。実名が出るのは、極めて異例なことです。

最高裁は “事件の知名度や社会の関心によっては、実名掲載もあり得る” と回答していますが、本当でしょうか?  私はどうしても “見せしめ的” な意図を感じてしまうのです。

決定文のリンクを張っておきますが、アヤ子さんの人格を否定するような表現も見受けられます。“おカミに逆らって無実を訴えるとは、ケシカラン!!” と恫喝しているとしか思えません。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/759/088759_hanrei.pdf

 本当にこれが最高裁のやることなのか? 要請の参加者が口々訴えた怒りに対して、秘書課の2人はこう答えました。

「HPは広報課の管轄なので、その担当者に伝えておきます」

 そして要請から約5ヵ月を経た現在もなお、決定文は原口アヤ子さんの名前が記されたままの状態で公開されています。

 最高裁が「人権の砦」なんてウソだ!

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【128】冤罪の連鎖を食い止める、原因究明&再発防止プロジェクトを!

◆飛行機事故と同じ再発防止策を冤罪にも

「北陵クリニック事件」の支援者仲間には、航空業界の関係者も多くいます。「守大助さん東京の会」の母体である「日本国民救援会・東京都本部」が、日本航空JAL)がらみの不当解雇の裁判支援をしている関係で、つながりが生まれているのです。元整備士、元客室乗務員など立場はさまざまですが、皆さん口を揃えてこう言います。

「航空業界では事故が起きるごとに徹底した調査が行われ、同じ原因による事故を二度と起こさないよう努力が重ねられている。その結果、飛行機の安全性は進化をとげてきた。冤罪についても、同じことをやるべきじゃないか?」

まったくその通りだと思います。ある1つの冤罪事件で無罪を勝ち取ったら“良かったね!!”で終わらせるのでなく、原因を究明して同じような過ちを繰り返さないよう対策を打つことは、とても大切です。

当ブログでも繰り返し書いてきましたが「北陵クリニック事件」の発端は、病気や抗生物質の副作用による急変を“殺人・殺人未遂事件に違いない”と警察が思い込んだことでした。そして“筋弛緩剤を使った犯行”というストーリーをデッチ上げ、准看護士だった守大助さんを犯人と決めつけて逮捕したのです。

ここ何十年もの間(いや、江戸時代以前からかもしれません)、“思い込み”と“決めつけ”によって、数え切れないほどの冤罪がつくられてきました。警察、検察、裁判所がこのことを反省して再発防止策に努めていたら、そもそも「北陵クリニック事件」などという事件は発生しなかったし、大助さんが逮捕されることもなかったでしょう。

業界をあげて事故の再発防止に取り組むのは、航空業界に限ったハナシでありません。自動車、鉄道、建設、IT、医療など他の業界でも、当たり前に行われているでしょう。むしろそれを怠ってきた日本の司法の方が、異常なのです。

◆「SBS検証プロジェクト」のような取り組みを広げよう

冤罪が起きる原因は、ほぼ2つのパターンに分けられます。

  • ①単なる「事故」を「事件」と思い込んで、架空の犯行ストーリー&犯人をデッチ上げる。=「北陵クリニック事件」など
  • ②「事件」が起きると“アイツが犯人に違いない”と決めつけ、逮捕して自白を迫る。真犯人は野放しになったまま。=「名張毒ぶどう酒事件」、「袴田事件」、「布川事件」、「和歌山カレー事件」、「飯塚事件」、「今市事件」など

ここ最近無罪判決が相次いでいる「揺さぶられっこ症候群(SBS)」も、①の典型的なパターン。2017年に研究者や弁護士によって、救済プロジェクトが立ち上げられました。

shakenbaby-review.com

個別の事件の救済だけでなく、問題を横断的にとらえて根本的な再発防止につなげようという「SBS検証プロジェクト」の試みは、とても画期的です。こうした取り組みが実を結んで、最近の相次ぐ無罪判決につながっているとしたら、本当に素晴らしいことです。

②については他にも数え切れないほどの事例がありますが、いずれの事件でも犯人にされたのは、何らかの理由で地域社会から浮いていた人でした。

無職であったり、他から引っ越してきた新参者であったり、被差別地域の住人であったり、外国人であったり…警察にも検察にも裁判所にも、マイノリティに対する差別と偏見が間違いなくあると思います。

袴田事件」の袴田巖さんも“元ボクサー=野蛮人に違いない”という偏見で、犯人にデッチ上げられたようなものです。

 ◆日本でも始まったイノセンス・プロジェクト

すでにアメリカやイギリスでは「イノセンス・プロジェクト」と呼ばれる、冤罪の根本的な原因究明&再発防止策が取り組まれています。関係者が来日した時のシンポジウムの様子を、当ブログでも紹介しました。

【98】検察に冤罪救済部門が!?『アメリカにおけるえん罪救済の最前線』 - Free大助!ノーモア冤罪!

【10】シンポジウム『えん罪を生まない捜査手法を考える』に参加して - Free大助!ノーモア冤罪!

【13】『えん罪を生まない捜査手法を考える』イギリスの取り調べは“インタビュー” - Free大助!ノーモア冤罪!

改めて読み返してみると“思い込み”と“決めつけ”によって冤罪がつくられるのは、万国共通の問題であることがわかります。この2つをいかにして捜査現場から排除できるか、元警察官や元検察官が一緒になって知恵を絞る姿には本当に感銘を受けました。

イギリスやフランスでは、死刑を執行してしまった冤罪事件が明るみになったことが、死刑廃止を後押ししたといいます。ちゃんと過ちを反省して、制度改革につなげているのです。

検察や裁判所のメンツを守るために無実の人を処刑し、意地でも再審を認めようとしない日本とは大違いです。

アジアでは台湾がいち早く「イノセンス・プロジェクト」を立ち上げ、取り組みの先端を走っています。

実は日本でも2016年4月、研究者や弁護士らによって「えん罪救済センター(イノセンス・プロジェクト・ジャパン)」が立ち上げられ、ようやく一歩を踏み出した状況です。先ほどの過去記事で紹介したシンポジウムは、いずれも同センターの主催です。

www.ipjapan.org

他にも 有志によって、ここ数年の間にいろいろな会が立ち上げられています。

●「再審法改正をめざす市民の会」(2019年設立) 

https://retrial-law.wixsite.com/mysite

●「なくせ冤罪!市民評議会」(2015年設立)

http://www.snow.jca.apc.org/

●「冤罪犠牲者の会」(2019年設立)

https://enzai.org/

●「再審・えん罪事件全国連絡会」(1973年設立=かなりの老舗です)

http://www.saishin-enzai.net/

これだけの会があると、さぞや盛り上がっていると思われるかもしれませんが、実態はまだまだ。同じ人が複数の会の役員を兼任しているケースも多く、もっと多くの人に参加して欲しいと願っています。

少しでも関心を持たれたら、ぜひ問い合わせてみてください。

もちろん警察、検察、裁判所の力も必要なのですが、残念ながら多くは期待できません。だから私たち市民が先陣を切って運動を盛り上げて、彼らが協力せざるを得ないところまで追い込むしかありません。

 

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【127】日本の司法は“八百長司法”、元同僚Sさんの証言(後編)

◆“悪いことだけ言え”は警察の常套手段?

前編では守大助さんの「北陵クリニック」時代の同僚、Sさんが、警察で受けた事情聴取の様子を紹介しました。

【126】森法務大臣にも読んで欲しい、元同僚Sさんの証言(前編) - Free大助!ノーモア冤罪!

刑事から“守大助の悪いコトだけを話せ”と言われたというお話は衝撃的でしたが、『冤罪白書2019』(燦燈出版)を読んでいたら、同じような事例が出てきました。

東住吉事件(2016年・再審無罪)の青木恵子さんが、自分の逮捕当時(1995年)に高校時代の友人が受けた事情聴取について語っています。「『冤罪犠牲者が冤罪を語る』桜井昌司×青木恵子」という対談記事から、引用して紹介します。

青木 「(友人は)いや、あの子は子どもを殺すような子じゃない」と普通のことを言っているけれど、(刑事は)「そんなことは聴きたくないんだ。もっと青木恵子の違うことを言え」と。悪いことを彼女の口から聞き出そうと一生懸命で、彼女も怖がって警察署には弁護士がついて行ったぐらい、全然関係ないのにひどい取調べでした。(150ページより)

 容疑者を犯人にデッチ上げるため、知人・友人にまで脅迫的な事情聴取を行うのは、珍しいことではないようです。

対談相手の桜井昌司さんは、布川事件(2011年・再審無罪)の冤罪犠牲者として、冤罪をなくすため多方面で活躍中。この対談、冤罪を体験した当事者でなければ語り得ない興味深い話ばかり。ぜひ1冊購入して読んでみてください。現在2人は、2019年3月に結成された「冤罪犠牲者の会」の中心的な存在としても活躍しています。

 

「北陵クリニック事件」も紹介。阿部泰雄・弁護団長の解説、 守大助さんの母・守祐子さんの手記も収録されています。

◆守大助=有罪という結論ありきの八百長裁判

ここからは前回に続いて、Sさんのお話を紹介します。Sさんは裁判(一審・仙台地裁)で大助さんの無実を訴えるべく、弁護側の証人として証言台に立ちました。

 Part3 大助さんの無実を信じる刑事も!?

司会 これまでのお話で、警察は最初から“守大助さん=犯人”という結論ありきで捜査を行っていた様子がよくわかりました。しかし中には、大助さんが無実だと思っていた刑事もいたようですね?

 Sさん 裁判所でこんなことがありました。私が傍聴の抽選に外れてしまって待合室にいたら、やはり抽選で入れなかった刑事さんが入ってきました。その刑事さんは私が事情聴取を受けているとき時々様子を見にきていたので、見覚えがあったんです。そして“Sさん、オレも本当のことを知りたいんだよ”って、ポツンとおっしゃったんです。

本当にビックリしましたが、嬉しかったのと同時に、じゃあ何で逮捕したの?と憤りを感じて詰め寄ってしまいました。この刑事さん以外にも、大助さんが犯人じゃないと信じている警察関係者が何人もいると聞いています。

 司会 大助さんはお父さんが宮城県警に務めていたので、警察を信じていたと言っています。そして警察の中にも、大助さんを信じていた刑事さんがいたわけですね。

 Part4 “異議アリ”を連発した検察の狙い

司会 では裁判の話に移ります。Sさんは法廷では何回ぐらい証言しましたか?

Sさん 1回だけです。しかし本当に訴えたかったことが、ほとんど言えませんでした。あらかじめ質問事項が決められていて、証言者が自由に話せないんです。

警察の事情聴取でデタラメな調書が作られたことや、急変の原因はクリニックの体制にあったことなど、訴えたいことはたくさんあったのですが、実際は最初から裁判のストーリーが決まっていたような印象がして、とても恐ろしく感じました。

司会 “大助さん=犯人”という結論がありきで論点が絞られていく中で、それに関連した証言しかできなかったということですね。Sさんが証言している途中で、検察が“異議アリ!”と何度も口をはさんできたそうですね。それはどんな時でしたか?

 Sさん クリニックの体制のことに少しでも触れようものなら、すぐにストップさせられました。全部が遮られたわけでなく、弁護団が頑張って話を続けさせてくれた時もありましたが、やはりそれでも伝えたいこと全てを証言するのは難しい状況でした。

司会 そこまでして証言を妨害した理由については、どう思いますか?

Sさん 検察のシナリオは大助さんが犯人という結論ありきだったので、そこにマイナスになるポイントには一切触れて欲しくなかったのかと思います。

司会 事件の背景にはクリニックの経営難があり、不十分な医療体制の中で急変が多発したという事実が明らかになると、大助さんが犯人でないということが明らかになってしまう…。そうなる展開を、検察は恐れたのかもしれませんね。

クリニックで働いていた他のスタッフも、裁判に呼ばれたのですか?

Sさん 退職者も含めて、全員呼ばれました。でも不思議なことに、筋弛緩剤に一番詳しい麻酔科の医師が呼ばれなかったんです。その先生はクリニックの閉鎖後、独立開業しました。

訪ねて行って“どう思いますか?”と聴いたら、“警察はバカな鑑定結果を出したよね。こんな数値は絶対にありえない。冤罪だよ”とハッキリ言われました。さらに“冤罪を確信している医師は他にもたくさんいる。でも自分も含めて東北大学側の人間なので、保身を考えると口をつぐむしかできない…”、と話されていました。

 Part5 公正な裁判と、取調べの全面的な録画・録音を

司会 ここで参加者の皆さんから、質問を受けたいと思います。

質問:テレビ朝日のニュース番組『ザ・スクープ』のインタビューで、北陵クリニックの院長だった二階堂さんという医師が、患者の急変の原因は筋弛緩剤でなく、病気や抗生物物質の副作用だと答えていました。院長先生が大助さんは犯人でないと言っているのに、他のスタッフから同様の声が上がらなかったのでしょうか? 

 Sさん 私は事件の少し前にクリニックを退職していたので経験していませんが、スタッフは皆“余計なことは喋るな”と口止めされたそうです。事件の直後、同僚だった看護スタッフに連絡して“本当に大助さんを犯人だと思うの?”と聴いたところ“わからない”と口をつぐんでしまいました。

さらに“Sさんが守大助に味方していると警察に言われたけど、何故そっち側にいるの?クリニック側に付かないと、どこでも働けなくなるよ”と、忠告も受けました。

先ほどの先生のように、外の医療機関でも“これは冤罪だ”という声が多かったのですが、宮城県の医療界全体で、それを表立って言えない雰囲気がありました。19年経った現在も、状況はほとんど変わりません。

 

質問:漠然とした質問ですが、何か大きな力が働いていたのでしょうか?

Sさん 東北大学、検察、裁判所に密接な関わりがあったのか分かりませんが…実際はこうなのに、こうできないというのがあるんです。圧力というか、権力のようなものが垣間見られるのは事実です。

 

司会 皆さん、質問ありがとうございました。少し補足説明をさせてください。北陵クリニックの母体だった東北大学は、東北地方の病院に医師を派遣する人事権を握っています。地元の医療関係者がなかなか声を上げられない背景には、こうした力関係があるんです。

では最後のまとめに入りたいと思います。近年は北陵クリニック事件に限らず、いろいろな冤罪事件が社会の注目を集めるようになっていますが、日本の司法の問題をどのように感じていますか?

 Sさん まず裁判所は、調書がどんなふうに作られているかに目を向けるべきです。そして証言者に、もっと発言権を与えて欲しいです。前もって決まっている質問事項だけの証言では、真実にたどり着けません。

それから取調べは、関係者の事情聴取も含めて全てビデオ撮影と録音を認めて欲しいと思います。私の事情聴取は、一切記録されませんでした。これが冤罪を生むひとつの要因になっているのではないかと思います。

警察、検察の言うことが全てという現在の司法では、公正な裁判ができるはずがありません。この状況が変わらないかぎり、冤罪が増えることはあっても減ることはないでしょう。

司会 本日は貴重なお話を、ありがとうございました。

 ◆背景にあった“権力”の正体

2回に分けて紹介たSさんのお話、どうだったでしょうか? 私は捜査から裁判に至るまで、カルロス・ゴーンさんが指摘した“八百長司法”そのものだと感じました。

すべてが“守大助=犯人”という結論ありきで進められ、仙台地裁無期懲役を言い渡しました。そして現在に至るまで、最高裁を含めてこの判決が維持されています。判決がいかにトンでもない内容であるかは、以前にも書きました。

【90】「東名あおり運転」裁判と、守大助さん・無期懲役の判決文に想うこと - Free大助!ノーモア冤罪!

  Sさんのお話に出てきた“権力”については、ジャーナリストの岩上安身さんが早い段階で書いています。取材記事が掲載された『週刊ポスト』(小学館/2001年7月13日号)より、抜粋して紹介します。

 「北陵クリニック」は一見したところ全国に無数あるクリニックのひとつに過ぎないが、実は、地元財界の全面的バックアップを受けた最先端医療の研究施設と位置づけられていたことはほとんど知られていない。

(中略)

 92年に開業した北陵クリニックの事実上のオーナーは、FES(機能的電気刺激)治療の権威である半田康延・東北大教授。同クリニックはFES研究における東北大学のサテライト研究室として位置づけられており、表向きは個人経営ではなく、法人経営の形式をとっていた。

(中略)

宮城県エスタブリッシュメントは、県議会、県庁、財界、医学界もすべて、仙台一高―東北大の学閥で占められているんです。仙台一高―東北大卒の半田教授は、ライフワークであるFESを続けるために、そのコネクションをフルに利用して理事を集めていました」(元病院関係者)

(中略)

 FESの研究施設としての北陵クリニックのPRに関しては、かの浅野史郎宮城県知事も一役買っていた。浅野知事は、北陵クリニックに足を運んでFES事業を見学しているだけでなく、雑誌『NEW MEDIA』(2000年1月号)誌上において、半田教授らと座談会を行ない、「福祉は産業だ」というキャッチフレーズを掲げ、FESの産業化について積極的な発言をしている。

 

記事はクリニックの理事に「東北電力」、「七十七銀行」、「宮城県医師会」、「河北新報」のトップクラスが名を連ねていたとも指摘しています。まさに地元の政財界やメディアを挙げて、クリニックを応援していた様子が伺い知れます。

しかし期待とは裏腹にFESのプロジェクトは頓挫。経営難に陥ったクリニックは少しでも赤字を解消するべく終末期の患者さんを受け入れ、リストラによって医師や薬剤師の退職も相次ぎます。

こうした混乱の中で当然のように急変が多発するようになったのを、“筋弛緩剤を使った犯罪”と思い込んだ宮城県警が事件にデッチ上げてしまった…。これまでも繰り返し書いてきましたが、これが「北陵クリニック事件」の正体です。

ここから先は、私の想像で書きます…。

地元名士としては、クリニックの内情がそんな悲惨な状況だったとは自分たちのメンツ上、認めたくない。FESは国や県から補助金を受け取っている関係上、投げ出そうにも投げ出せない…。

この状況から脱したいという中、宮城県警が勝手に事件化してくれたのは渡りに船だったのではないでしょうか。実際に2001年3月、事件を口実に北陵クリニックは閉鎖され、経営体制などの問題はウヤムヤにされたのです。

大助さんとともに闘ってきた阿部泰雄・弁護団長は、こう指摘します。

「国内の医療業界を見渡しても、守大助君を犯人だと言い張っているのは東北大学の関係者しかいない。他の冤罪事件では必ずと言って良いほど検察の肩を持つ科学者がいるが、再審請求以降はこうした“御用学者”が出てこない。こうしたことも、北陵クリニック事件の“特殊性”と言えるかもしれない」

阿部弁護士の指摘する通りだと思います。しかしそれでも無罪にならない…。裁判所は一体、何を守ろうとしているでしょうか? 

「守大助さんを守る東京の会」総会でお話くださったSさん。事件の真実を広めるために、Sさんのような証言者がもっと多く出てきて欲しいと思います。

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【126】森法務大臣にも読んで欲しい、元同僚Sさんの証言(前編)

◆ゴーンさん会見に思ったこと、やはり法務省も検察もクズだった…

前回予告したとおり、今回は守大助さんの元同僚のお話を紹介します。その前に、昨晩のカルロス・ゴーンさんの会見に思ったことを書いてみます。

ネットなどで感想を見ると “何一つ新しいコトが明らかになってない” とか、不満の声もいろいろ聴かれますが、私はゴーンさんの想いがストレートに伝わった良い会見だったと思います。とくに日本の刑事司法に対する怒りは本物だと、改めて思わされました。

会見後にはCNNのインタビューで、こう語ったそうです。

北朝鮮ベトナム、ロシアから逃げる人を、正義から逃げているとは人々は思わない。私は正義から逃げたのではなく、正義を探し求めてきた”

私はよく、冤罪支援仲間と “日本の司法のヒドさを思えば、北朝鮮を批判していられない” と話しています。奇しくもゴーンさんに、同じ点を指摘されてしまいました。実際に自白を強要する取調べや、否認する限り身柄を拘束され続ける日本の “人質司法” は、国連でも “中世レベル” と批判されています。

一体誰がゴーンさんに反論できようか…と思っていたら、森雅子法務大臣が会見を開きました。

全体を通して空虚な反論でした。とくに“潔白だと言うのならば、司法の場で正々堂々と無罪を証明すべき” という、推定無罪の原則を無視したトンデモ発言に批判が集まっています。

さらに以下の部分も看過できないと思います。

我が国の司法制度が「人質司法」であるとの批判がなされたが、昨日も申し上げたとおり、我が国の刑事司法制度は、個人の基本的人権を保証しつつ、事実の真相を明らかにするために、適正な手続を定めて適正に運用されており、批判は当たらない。

一体どういう現実を見れば、こういう発言ができるのか…。

東京地検も、次席検事名義でこんなコメントを発表しています。

このような自身の犯した事象を度外視して、一方的に我が国の刑事司法制度を非難する被告人ゴーンの主張は、我が国の刑事司法制度を不当におとしめるものであって、到底受け入れられない。

“我が国の刑事司法制度をおとしめている”のは、数々の冤罪を作りながら反省しない検察自身ではないでしょうか? まあ検察が開き直るのはいつものことなので、今更驚きません。

また私は一切観ていませんが、検察に忖度したのか、TVの報道番組やワイドショーのゴーンさんバッシングも、醜いものだったようです。

いずれにせよ、今回のゴーンさんを巡る騒動を通して、法務省や検察に自浄作用を期待できないことを改めて確信しました。本当に私たちが声を上げて、変えていきましょう。

私はゴーンさんが100%正義だなんて思っていませんし、必要以上に祭り上げるつもりもありません。しかし日本の刑事司法に対する指摘には、100%同意する他ありません。

◆守大助さんの元同僚インタビュー

さて本題、「北陵クリニック」の元同僚・Sさんのお話です。Sさんは看護スタッフとして、守大助さんとほぼ同時期に勤務していました。クリニックでは大助さんと日常的に接し、事件発生当時は警察の事情聴取を受け、法廷では証言台にも立ちました。

「守大助さん東京の会」は昨年9月の総会のゲストにSさんを招き、当時体験した出来事を伺いました。その時のお話の内容を紹介します。

※お名前はご本人の希望により、匿名で“Sさん”とさせていただきます。

司会は看護師の経験がある「東京の会」メンバーが務めました。

※文章は録音をもとに編集しています。

Part1 北陵クリニックの様子

司会:守大助さんは1999年2月に、他の病院から転職してきました。大助さんの第一印はどうでしたか?

 Sさん:明るい好青年で、クリニックの雰囲気が明るくなごやかになると、皆期待しました。

司会:大助さんが勤務していた1999年から2000年にかけて、患者さんの急変が多くなったと、マスコミでも騒がれました。クリニックのスタッフはどう思っていましたか?

Sさん:確かに急変は増えました。これには背景があります。赤字を埋めるため、外部から患者さんを受け入れて入院させる経営体制に変わっていったのです。重篤な患者さんばかりで、いつ亡くなってもおかしくない方ばかりでした。入院翌日に亡くなってしまったことも多々あり、本当に職員としてはストレスなことでした。

司会:北陵クリニックはFES(※)の研究機関という側面もあったのですが、クリニックの建設費や費用がかさんでいたわけですね。それで経営難になって、お年寄りを特別養護老人ホームなどから集めて受け入れたり、重症な人ばかりが来たというのが、急変が多発するようになった原因ということですね。

FES=「機能的電気刺激」。事故や病気で障がいを負った患者の身体に電極を埋め込み、筋肉に電気的な刺激を与えることで機能を回復させる先端医療。「北陵クリニック」はFESを推進する、東北大学のサテライト研究室でもあった。しかし研究が軌道に乗らず、13億以上の負債を抱えることになった。

 さて当時、急変の原因として筋弛緩剤を使った犯罪を疑うスタッフはいたのでしょうか?

Sさん:誰1人として、筋弛緩剤による犯行を疑う人はいなかったですし、大助さんの勤務態度を疑う人もいませんでした。

司会:事件発生当時の報道で、大助さんはクリニック内で “急変の守” と言われて、急変の現場に必ずいたとされました。本当にそんなふうに言われていたのでしょうか?

Sさん:いえ、私も他のスタッフも、そんなふうに呼んでいませんでした。大々的に報道されて、はじめて知りました。

司会:警察のリークを鵜呑みにしたマスコミが報道しただけで、現場ではまったく言われていなかったのですね。大助さんは2001年1月6日に逮捕されました。このことは、どのように知りましたか?

Sさん:私は前年の12月でクリニックを退職していたのですが、その日は外出していて、家族から “守大助さんって知ってる?”ってメールが来たんです。“知っているよ、どうして?” って返信したら “今ニュースで逮捕されたってなってるけど、どうなってるの?” って言われてビックリして家に帰りました。それでTVで知って…。

Part2 警察の事情聴取〜守大助の悪いコトだけ話してください〜

司会:大助さんが逮捕された後、クリニックのスタッフも警察に事情聴取に呼ばれたそうですね?

Sさん:辞めた人間も含めて全員呼ばれています。他にはクリニックに出入りしていた外部の業者さんも呼ばれたと思います。

司会:Sさんが受けた事情聴取の様子を教えてください。取調室では、何人ぐらいの刑事に囲まれたのですか?

Sさん:刑事さんは3人ほどでしたが、何人かの出入りがありました。取調室はTVで観るような狭い部屋で、大きな机がありました。

司会:事情聴取は何時間ぐらい続いて、どのようなことを訊かれましたか?

Sさん:朝から夕方まで7〜8時間、ずっと取調室の中でした。座ってすぐに刑事さんから “守大助は悪いヤツなのだから、良いことは思い出さないで、悪いことだけ話してください” と言われたので、これはおかしいと思ったのが第一印象です。

それからは仕事の内容、仕事ぶり、夜勤の様子、スタッフの人間関係など、いろいろ聴かれたのですが、同じことを何回も聴いては、私がちょっと守大助さんの良い話をすると話題を変えるという繰り返しでした。

司会:警察は最初から、大助さんを犯人と決めつけるような仕方で事情聴取を進めたわけですね。デッチ上げるのに必死な様子というのは感じられましたか?

Sさん:はい、調書を作っている間も、何が何でも大助さんを犯人にするという前提で質問をしてきたのを感じました。調書は警察の方が書きます。それで最後に読み返して、署名捺印をお願いしますと言われました。

見たら私が言ったのと全然違う内容が書かれていたので、本当に驚きました。これは誘導尋問で、何が何でも守大助さんを犯人にするためにこういうふうに書くんだ…。冤罪ってこうやって作られていくのだなと実感しました。

 司会:誘導尋問で調書が作られたというのは、具体的にどんなふうだったのですか?

Sさん:こんな感じです。

〈ロッカーについて〉

  • 刑事の質問:Sさんはクリニック内で物を隠すとしたら、どこに隠しますか?
  • Sさん:私だったらロッカーに隠します。
  • 調書に書かれた文言:守大助は筋弛緩剤をロッカーに隠していた。

〈大助さんの白衣について〉

  • 刑事の質問:守大助はナース服の上に白衣を着ていたが、なぜだと思いますか?
  • Sさん:ナース服を汚さないためだったからでしょう。
  • 調書に書かれた文言:白衣のポケットに筋弛緩剤を隠すために着ていた。

〈外来患者の急変について〉

  • 刑事の質問:外来患者に変わったことはなかったか?
  • Sさん: 点滴速度の関係で“胸が痛い!”と叫んだ患者さんがいた(この時の担当は大助さんではなかった)。
  • 調書に書かれた文言:守大助は外来患者にも犯行を行った。

署名捺印の時に私は “内容が違うので書き直してください” と、何度もお願いしましたが、刑事さんは “それはできない” の一点張りで、その押し問答で夕方までかかってしまったという状況だったんです。

狭い部屋で私はタバコの臭いが苦手だったんですけど、刑事さんはたくさんのタバコを吸い続けていました。私は具合が悪くなるし眼が痛くなるし、こんなでもう、早く帰りたいという想いで、その時だけは捺印と署名をしてしまったんですけど、今思うと、本当に悔やまれます。 

〈次回に続く〉

さて、どうでしょうか? これはとても“事情聴取”などと呼べる代物ではありません。最初から“守大助=犯人”という前提で、事件をデッチ上げる生々しい様子に、私は戦慄してしまいました。ちなみにSさんの調書は、裁判に提出されなかったそうです。

「後編」では裁判の様子などを紹介します。

 「北陵クリニック」は事件後の2001年3月に閉鎖。現在、建物は他の医療機関になっている。※ネットから画像を拾いました。

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【125】“急変の守”というフェイク・ニュース

◆“2001.1.6” をから、時計は止まったまま

昨日の1月6日は、仕事始めだった方も多いと思います。

19年前の2001年1月6日、当時29歳だった守大助さんは宮城県警に逮捕されました。この日の朝 “患者の急変のことでクリニックのみんな(スタッフ)に話を聞いているので、来て欲しい” と、アパートを訪ねてきた刑事の言葉を信じてパトカーに乗って宮城県警本部に向かった大助さんは、今年の4月に49歳…。まさか20年も塀の中で過ごすことになるなど、想像すらできなかったでしょう。

ちょうど1年前にも紹介しましたが、大助さんが獄中で綴った詩をもう一度アップします。タイトルは『止まったままです』(2015年8月)

2001年1月6日から今日まで

止まることなく月日は流れている

29歳だった私は 44歳になった (※2015年当時)

30代は社会での生活はできなかった

40代は社会復帰すると信じている

歳は取ります 時間は過ぎます

でも私の心の中の時計は

2015年になっても

2001年1月6日で止まったままです

歳は取ります 時間は過ぎます

でも私の心の中の時計は

止まったままです

 この詩から5年近くを経た現在、40代の社会復帰も叶わない状況になった大助さんは、さらに歳を重ねようとしています。

支援者である私にとって “1.6” という数字は、東日本大震災の “3.11” や、アメリ同時多発テロの “ 9.11” と同等の重みを持っています。これは決して大げさな表現ではありません。冤罪によって1人の人間の自由が奪われ、尊厳が踏みにじられることは、大量の犠牲者を出す災害やテロにも劣らぬ悲劇。少なくとも私は本気で、そう思っています。

9.11があったのも2001年。その延長線上でアメリカが起こした戦争も、発端は “イラク大量破壊兵器がある” という、デッチ上げの “冤罪” でした。まさに狂気じみたフェイクとともに幕を開けた21世紀。やって来たのは『2001年宇宙の旅』で描かれたような人類の革新でなく、ディストピアとしか呼べない未来でした。

そして2020年、またアメリカが中東で戦争を始めようとしています。しかし世界各地で、この蛮行を止めようと人々が声を上げていることに微かな光明を見出せそうです。未来を変えるのも私たち。「守大助さん東京の会」も日本のブラック司法を変えるため、引き続き声を上げていきます!!

◆元同僚スタッフの証言“急変の守…?はじめてききました”

さて、大助さんが逮捕された2001年1月6日からの数週間、マスメディアは宮城県警のリークを鵜呑みにして大助さんを犯人と決めつけ、これでもかと報道合戦を繰り広げました。

当時の私は報道がセンセーショナルにエスカレートするほど“これは冤罪じゃないか?”と、疑念を深めていきました。そしてマスメディアという権力が寄ってたかって1人の人間を凶悪犯に仕立て上げる様に、嫌悪感を抱きました。

例えば、1月9日の朝日新聞朝刊。

「えっ、また守さんなの?」(中略)患者の担当が守容疑者になったとたん、容態が急変する。「急変の守」ーー。関係者によると、守容疑者がいない時に、こんなあだ名で呼んでいた人もいたという。

本当に“急変の守”なんて呼ばれていたのでしょうか?

いえ、私も他のスタッフも、そんなふうに呼んでいませんでした。大々的に報道されて、はじめて知りました

キッパリ否定するのは、北陵クリニックで看護スタッフとして、大助さんと2年近く一緒に働いていたSさん。現場で身近に接していたスタッフが “急変の守なんて聴いたことがない” というのです。これは完全なフェイク報道でしょう。大助さんを凶悪犯にデッチ上げたい県警のリークが、そのまま報じられてしまったに違いありません。そもそも記事中の “関係者” っていうのがアヤシいですよね。

「守大助さん東京の会」は昨年の9月、Sさんを招いて当時のお話を伺いました。次回、その内容をアップします。冤罪がデッチ上げられていく過程が、手に取るように分かると思います。今回は予告まで…ではまた、よろしくお願いします。

 2001年1月9日『朝日新聞』朝刊。このフェイク報道が作られた過程も、探ってみたいですね。

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【124】守大助さんの自由を勝ち取り、日本の“八百長司法制度”を変えましょう!!

◆“再審元年”に向けて、今年もよろしくお願いいたします

新年、明けましておめでとうございます。2020年も引き続き守大助さんの再審無罪に向けて、一支援者として見たこと、感じたことを発信していきます。

昨年11月13日、最高裁は守大助さんの無実を訴える声を門前払いにしました。闘いは第二次再審へと移ります。つまり大助さんの無実を証明する新しい証拠を用意して、仙台地方裁判所へ2度目の再審請求を申し立てることになります。

第二次再審の請求がいつ頃になるかは、明らかになり次第お知らせします。

大助さんのご両親、守勝男さん・祐子さんからの年賀状には“再審元年”と、力強く書かれていました。(記事は写真の下に続きます)

ご両親からの年賀状。“今年も頑張ります”と言わなくて良い正月が、早く来ますように!

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◆大助さんの接見禁止は4年6ヵ月!

年末に元・日産自動車CEOのカルロス・ゴーンさんが、レバノンに密出国しました。12月30日に本人が発表した声明に、私は激しく同意してしまいました。

私はいまレバノンにいる。もう日本の八百長司法制度の人質ではない。そこでは有罪の推定が行われ、差別がまかり通り、そして基本的な人権は否定される。これらは日本が遵守する義務を負っている国際法や条約に基づく義務をあからさまに無視するものである。私は正義から逃れたのではない。私は不正義と政治的迫害から逃れたのである。私はようやくメディアと自由にコミュニケートできるようになった。来週から始めるのを楽しみにしている。

ゴーンさんの行ったことはもちろん違法行為ですが、ツイッター等を見ていると“日本の司法がこんな状態なのだから仕方ない”という声が多いようです。しかも法律を守るべき立場にある弁護士さんを中心に…。この声明が正論すぎて、誰も正面から反論できないのでしょう。

とくにゴーンさんは、身柄を拘束された上に家族とさえ会うことのできない「接見禁止」が相当に堪えたたようです。

しかしこんなモノはまだ序の口。大助さんの場合、何と4年6ヵ月も「接見禁止」が続きました。2001年1月の逮捕から、第二審の裁判の最中の2005年の7月までです。突然身に覚えのない罪で自由を奪われ、弁護士以外の誰とも会えない状態が4年以上。もし自分がこんな状態に置かれたら、とてもじゃありませんが平常心を保っていられないでしょう。

以前にも書きましたが、この間、大助さんの支えになったのは弁護団の存在でした。土日を除くほぼ毎日、弁護団の誰かが必ず拘置所に来てくれたそうです。“あの励ましがあったからこそ、自分は現在まで闘うことができた”と、面会に行った時、大助さんは振り返っていました。

“日本の司法はブラック司法”という事実がゴーンさんによってクローズアップされる結果となってしまいましたが、本来なら海外から指摘される以前に、私たちが声を上げて変えていかなければならないことです。こんなバカなことをこれ以上放置しないためにも、当ブログも引き続き声を大にして訴えていきます!

◆仙台・北陵クリニック事件の流れ

最後に改めて、事件の流れをまとめておきます。 

【事件発生まで】

  • 1971年4月28日 守大助さん、宮城県に生まれる。
  • 1991年10月 「北陵クリニック」開業。
  • 1992年4月 守大助さん、仙台市内の病院で准看護士として働きはじめる。
  • 1997年7月 「北陵クリニック」リストラで薬剤師が退職。
  • 1999年2月 守大助さん「北陵クリニック」で働きはじめる。
  • 「北陵クリニック」経営不審によって負債13億6000万円に。

 【2000年】=守大助さん29歳

  • 4月 「北陵クリニック」救急措置ができる医師が退職。
  • 経営不振、医療体制の不備により、入院患者の急変が多発(98年8件→99年9件→2000年19件)。
  • 12月1日 北陵クリニックオーナー・半田康延・東北大教授からクリニックの状況を聞いた東北大医学部の舟山眞人法医学教授、筋弛緩剤による犯行の疑いを宮城県警に報告。
  • 12月4日 守大助さん、半田教授の要請に応じ「北陵クリニック」を退職。

【2001年】=守大助さん30歳

  • 1月6日 守大助さん、午前8時30分頃、宮城県警に任意同行を求められ県警本部へ。午後8時頃、脅迫・誘導的な取調べで「筋弛緩剤を混入した」という1件の殺人未遂容疑を自白、逮捕。その後、泉警察署へ移送される。
  • 1月7日 新聞、テレビなどのマスメディア、警察発表を受け犯人視報道を垂れ流す。
  • この間、大阪府警科学捜査研究所(科捜研)、5人の急変患者の尿や血液を相次いで鑑定したとされる。すべてから筋弛緩剤の成分が「検出されたことになっている」が、現在に至るまで鑑定データ、ノート、資料受渡簿など、鑑定を行った事実を客観的に証明する証拠は何一つ、提出されていない。
  • 1月9日 守大助さん、否認に転じる。以降現在に至るまで無実を主張。
  • 1月15日 宮城県警、5人の急変患者の診療録(カルテ)を証拠保全。何とカルテの精査さえせず、大助さんを逮捕していた!
  • 1月16日 守大助さん、仙台拘置所に拘留。弁護士以外との接見を禁止される。
  • ・1月26日〜3月30日 他の4人について殺人・殺人未遂容疑で相次いで逮捕・起訴。
  • 2月18日 テレビ朝日ザ・スクープ~仙台・筋弛緩剤混入事件の知られざる真実 ~」。以降2002年9月まで7回にわたって特集を組み、冤罪の疑いを指摘。
  • 3月15日 「北陵クリニック」閉鎖。
  • 7月11日 仙台地方裁判所で初公判。 
  • 9月24日 仙台弁護士会仙台地検宮城県警・仙台拘置所へ「人権侵害の警告・勧告書」
  • 11月18日 仙台弁護士会、新聞4社に守大助さん逮捕当時の報道に勧告書。 河北新報、朝日、読売、毎日)

 【2003年】=守大助さん32歳

  • 7月26日 人権団体「日本国民救援会」、守大助さんの支援を決定。
  • 11月16日 宮城県で「守大助さんを支援する」会結成。以降全国各地で支援する会・守る会が結成。
  • 11月28日 仙台地検、守大助さんに無期懲役を求刑。

 【2004年】=守大助さん33歳

 【2005年】=守大助さん34歳

  • 6月15日 仙台高等裁判所控訴審第1回公判。
  • 7月29日 守大助さんへの接見禁止が解除(逮捕から約4年6ヵ月)
  • 10月5日 仙台高等裁判所、弁護側の証人、鑑定申請を却下、証拠開示を勧告せず4回の公判で結審。

【2006年】=守大助さん35歳

【2008年】=守大助さん37歳

 【2012年】=守大助さん41歳

 【2014年】=守大助さん43歳

【2018年】=守大助さん47歳

【2019年】=守大助さん48歳

  • 11月13日 最高裁判所、再審請求棄却/裁判長=林景一 

【2020年】=守大助さん49歳

  • 第二次再審請求を予定

どうでしょうか? 29歳で自由を奪われた大助さんは今年49歳。失われた20年を想うと、言葉も出ません。また以前面会したとき、大助さんはこう言っていました。

“千葉刑務所に収監された2008年は北京オリンピックの年だった。それからロンドン、リオデジャネイロと2度のオリンピックが塀の中。せめて2020年の東京は…”

大助さんは“40代のうちに塀の外へ”とも言っていました。奇しくも東京オリンピックイヤーが、40代最後の年になります。

この願いが叶わなくなった心中を想うと言葉が出ませんが、前回のブログでお伝えした通り、11月の面会では“今は第二次再審に向けて落ち込んでいる場合じゃない”と、力強く語っていました。

改めて、2020年も守大助さんをよろしくお願いいたします!!

 

【123】守大助さんに面会してきました

◆約2年ぶりの面会

冷たい雨の降る11月26日(火曜日)、守大助さんに面会してきました。気が付いたら前回の訪問から、約2年が経っていました。

前回の面会の様子はこちら。

【30】クリスマスの日、守大助さんに面会してきました! - Free大助!ノーモア冤罪!

JR千葉駅からバスで約10分で、千葉刑務所の前に到着。受付で簡単な手続を済ませて、レンガづくりの門をくぐって面会棟へ。今回は数多くの冤罪事件を取材している、ジャーナリストのIさんと2人で入りました。

 (写真の下に続きます)

千葉刑務所の正門。1907(明治40)年に建てられた年代モノ。大助さんら受刑者が暮らす収容棟は、もっと新しい建物。写真は以前撮影したものです。

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◆第二次再審に向けて、落ち込んでいる場合じゃありません 

アクリル板の向こう側、大助さんがヒョッコリ現れました(重い足取りじゃなかったということです)。この日は休みで、明日またジャガイモを洗う作業が待っているとのことです。そして今回の最高裁の棄却決定には本当にまいっちゃったよ…!という感じで、背もたれ付きの椅子に腰掛けました。

そして開口一番「僕は大丈夫!! 落ち込んでいないからと、皆さんに伝えてください」と、笑顔で語ってくれました。棄却決定と同時に、刑務所にたくさんの励ましのハガキが届いて、中には心配する声も多かったそうです。いつもながら真っ先に支援者を気遣ってくれることに、本当に頭が下がります。

以下、大助さんが語ったことを書いてみます。面会室内の録音・撮影は一切禁止なため、これから書く内容はすべて私のメモと記憶を基にしていますので、ご了承ください。

 

「矯正担当の職員さんから “ハイ、知らせが来ているよ” と紙を渡されて、棄却決定を知った」

「紙切れ一枚の棄却決定には、本当に頭に来ている。裁判官は人を裁く番人なのに、一体何を審理したのだろうかと思う。林景一裁判長は就任した時 “先入観にとらわれず、証拠にもとづいた裁判をする” と語った。これはウソだったのか?」

「しかも林裁判長を含む、5人の裁判官全員一致で棄却というのが信じられない。せめて1人ぐらいは “これはオカしい” と疑問を抱かなかったのか? こんな状況なら裁判所なんて必要ない。無実の人は一体どこに訴えればいいのか?」

「裁判所には繰り返し、証拠開示に積極的になって欲しいとお願いしている。僕も弁護団も、無いモノを出せ!と要求しているわけじゃない。検察が証拠品として “ある” と主張しているモノを開示して欲しいと、当然のお願いをしているに過ぎない。科捜研の鑑定データにしろ、筋弛緩剤の空容器にしろ、開示してくれれば僕の無実は明らかになるのに」

「僕はこういう結果になってしまったけど、同じ最高裁第三小法廷で闘っている袴田巖さんについては、絶対にマトモな決定をして欲しい」

「受刑者仲間の反応は温かい。刑務作業中は私語は禁止なので話すことはできないが、休憩時間中に “(第二次再審を)徹底的に頑張れよ!” と励ましてくれた」

「第二次再審はより一層、弁護団と力を合わせて闘っていく。これ以上負けていられないし、今は新たな闘いに向けて落ち込んでいる場合じゃない」 

以上、大助さんが語った内容でした。

この日、大助さんはメガネをかけていました。今まで面会した時はかけてなかったので訊いてみると、はじめて面会に来る人と会う時はコンタクトをするということ。出回っている顔写真のほとんどはメガネをしていないため “イメージと違う” と驚かれないよう配慮しているそうです。

私や一緒に入ったIさんは何度か面会を重ねているので大丈夫だろうと、普段使いのメガネ姿で現れたというわけです。いろいろ気を使っているんだと、改めて気づかされました。

29歳で自由を奪われた大助さんは、来年4月で49歳になります。“40代のうちに出たい” と言い続けてきた心中をおもんぱかると、言葉も出ません。しかし大助さん本人は前向きに “闘う” と宣言しています。支援する私たちも希望だけは捨てず、引き続き声を上げていきます。

 写真が何もないので私の拙い記憶をもとに、面会室の様子を描いてみました。絵が下手な点はご了承ください。

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