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「北陵クリニック事件・無実の守大助さんを守る東京の会」事務局長の備忘録〜素人の素朴な目線から冤罪を考える〜

【93】いよいよ再審無罪!「松橋事件」勝利を導いた弁護団のチーム力

「松橋(まつばせ)事件」で、嬉しいニュースが飛び込んで来ました。年明けの早いうちに熊本地裁で再審公判が開かれ、宮田浩喜(こうき)さんの無罪が確定する見通しとなりました。

 少し前にも書きましたが(下記リンク)、予想通りと言うか…検察は「有罪立証しない」という曖昧な態度に出て来ました。

本来であれば宮田さんの無罪を素直に認め謝罪をするべきですが、今回も公益の代表者という責任を放棄し、自分たちのメンツを保とうという愚行を繰り返すことになりそうです。こんな検察の在り方を許すのか、それとも徹底的に正すのか? それは私たちがどれだけ司法に関心を持ち、声を上げ続けるかにかかっています。

【89】再審無罪までもう一歩!!「松橋事件」検察の態度に注目 - Free大助!ノーモア冤罪!

 

■約20年かけて入念に準備、満を持して再審請求

検察の問題についてはこれからも書いていきたいと思いますが、今回は宮田さんの再審開始に心血を注いだ弁護士さんたちの活躍をクローズアップします。最高裁が再審開始を確定させた直後の10月26日に、弁護団の一員である齋藤誠弁護士からお話を伺う機会がありました。一部を紹介します。

※文章は録音を基に編集の上、作成しています。文責は当方にあります。

 

 「私が松橋事件の弁護人となったのは、上告審を闘っている時(※)でした。滅多刺ししているはずなのに宮田さんの着衣からも、凶器とされた小刀からも血液反応が出ておらず、明らかにおかしいと感じました。これは“再審しかない!”と、最高裁で上告が棄却された直後から再審請求の準備に取りかかりました。」

 ※松橋事件・裁判の流れ

 1985年1月 事件発生、宮田さん逮捕

 1986年12月 熊本地裁、宮田さんに懲役13年の有罪判決

 1988年6月 控訴審福岡高裁、宮田さんの控訴を棄却

        齋藤弁護士が国選弁護人に

 1990年1月 上告審・最高裁、宮田さんの上告を棄却

 1999年3月 宮田さん仮出所

 2012年3月 熊本地裁に再審請求

 

「再審開始を後押しした布切れ(※)を発見したのは1997年。検察庁の小部屋でバラバラの布切れを合わせたところ欠けたカ所がなく、自白では焼却したとされる部分も存在していました。 この時の“これで自白が虚偽であることを証明できる!”という喜びと興奮は、今も忘れられません」

 ※「布切れ」を含む事件の概要は、こちらに書きました。

【27】冤罪「松橋事件」どうする検察!? 12月4日に注目! - Free大助!ノーモア冤罪!

 

「しかし布切れだけでは勝てないだろうと法医学鑑定も行い、凶器とされた小刀と刺し傷の矛盾も明らかにしました。法医学の先生は、パッと頼んだらすぐにやってくれるものではありません。何故その鑑定が必要なのか?どんな実験をやるべきか?など、弁護団と何度も検討を重ねて信頼関係を築いた上でやらないと、裁判所を納得させる鑑定書は書けません」

 

「こうして約20年かけて準備をして、2012年3月に再審請求しました。弁護団には他の再審事件を手がける弁護士も入り、長く一緒にやるうちに互いにツーカーの関係を築けて、議論になればかみ合うという弁護団を形成できました。さらに日弁連の『再審弁護団会議』や『九州再審弁護団連絡会』に参加して他事件の弁護団とも交流し、アドバイスも受けました」

斎藤誠弁護士。 10月26日、再審を闘う冤罪事件の支援者に、松橋事件の闘いの軌跡を語る。

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以上、齋藤弁護士のお話でした。私は布切れの発見は再審請求後のことだとばかり思っていましたが、20年以上も前だったことに驚きました。

“疑わしきは被告人の利益に”という刑事裁判の鉄則を考えれば、布切れが見つかった時点で再審請求に踏み切っても良かったと思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし1つの新証拠だけでは、なかなか無罪を勝ち取れないのもまた現実です。あらゆる方向から疑問点を潰し、裁判所が寸分の疑問も抱かずに再審開始決定を出せるよう準備を怠らなかった弁護団に、ただ頭が下がる思いです。

弁護団の結束の高さやチームワークの良さ、他事件の弁護団との交流も素晴らしいと思います。同じチームで長く続けていると、大切なポイントを見落とすこともあります。とにかくマンネリに陥らず、常に新しい視点はないか、外部の力も借りて模索し続けることは大切ですね。

 

三者協議を活用して裁判所をその気に

再審請求後の取り組みについては、三角恒(みすみこう)・主任弁護人が、書籍『緊急提言!刑事再審法改正と国会の責任』(九州再審弁護団連絡会・編)で詳細に書いています。一部を抜粋して紹介します。

 

そもそも再審請求というのは確定判決の誤りを正すというものであり、最高裁まで争われて確定した判断が誤っているという弁護側の主張に裁判所が簡単に乗ってくるはずはないであろう。

 裁判所をいかに説得して、その気にさせるのかが問題である。すなわち裁判所を証拠開示に積極的になるようにしなければならない。

 再審請求から決定が出るまでに4年間の年月(※)を費やしたが、その間の三者協議は20回を超えた。

※2012年3月、再審請求→2016年6月、熊本地裁が再審開始決定。

 三者協議には弁護士が毎回少なくとも10名以上は必ず出席し、1〜2名の検察官に対して数の上で圧倒した。

 さらに、三者協議の後では毎回マスコミへのレクチャーを行い、その内容が必ず報道されていたので、報道内容については裁判官の眼にも留まっていたはずである。このような経過を経て、裁判所が少しずつ心証を固めていったのではないかと思われる。

 熊本地方裁判所は、弁護側が求めていた証拠開示の申し立てに対して、2013年12月9日、検察官に対して証拠開示勧告を出した。(中略)犯行現場に残された血痕や指紋、足跡などに関する鑑定書等の客観的な証拠や未提出の関係者の供述書等11項目についてのものである。

全文はこちらで!! 「松橋事件」の他にも「大崎事件」「飯塚事件」など九州で再審を求めて闘っている冤罪事件の取り組みや、法制度改革に向けた提言など、再審をめぐる最前線を知ることのできる1冊です。

 

検察が隠し持っている証拠を開示させるのも、再審開始決定を出すのも、無罪を言い渡すのも、すべて裁判所。なのでいかに裁判所を味方に付けるかが、とても重要です。“裁判所はわかってくれるだろう”ではなく、マスメディアも使って積極的に情報を提供して働きかけたことが、再審を勝ち取れた要因に違いありません。“1〜2名の検察官に対して10人の弁護士”というのも、裁判所に強烈な印象を与えたでしょう。

ジャンルは全く異なりますが、私はある空手の先生の言葉を思い出しました。

「試合に勝つためには、自分のことだけを考えていてはダメ。勝ち負けを決めるのは審判であり、観客の反応も判定に影響を及ぼす。だから審判と観客を味方に付けるにはどうするか、試合場全体に視野を広げて、戦略を立てなければならない」

審判=裁判所、観客=マスメディアを含む世論と、そのまま読み替えることができると思います。「松橋事件」弁護団の取り組みは、ビジネスやスポーツでも参考になると感じました。私も見習いたいと思います。

 

「松橋事件」弁護団。左端が三角恒弁護士。2017年11月29日、福岡高裁の再審開始決定後の記者会見で。写真は「日本国民救援会」HPより。

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