Free大助!ノーモア冤罪!

「北陵クリニック事件・無実の守大助さんを守る東京の会」事務局長の備忘録〜素人の素朴な目線から冤罪を考える〜

【110】明るく楽しい冤罪支援〜布川事件に学ぶ〜

〈前回から続く〉

布川事件」の闘いは、大きく2つに分けられます。

  • ①事件発生(1067年)〜再審無罪(2011年)
  • ②桜井昌司さんの国家賠償請求(2012年〜現在)

今回は主に①について書いてみます。

また「布川事件」の再審無罪が確定したのは、ちょうど私が冤罪の支援活動に関わり始めた頃。私自身は直接運動に参加していないので、これから書くことは支援者の皆さんから聞いた話や、本などの資料をもとにしています。

 

◆粘り強く証拠を開示させた弁護団

桜井昌司さんと杉山卓男さんを有罪にした根拠は、主に2つ。

  • 取り調べでの2人の自白(物的な証拠はナシ)。
  • 事件現場で2人を見たという、警察の誘導で作られたとしか思えない目撃証言。

かなり弱い根拠で有罪にされてしまったわけですが、逆に有罪を一発逆転で覆せるウルトラC(表現が古いか…)がないのも事実。 “真犯人が判明した” とか “DNA鑑定が誤っていた” といった劇的な展開を望めない中、2人の無実を証明したのは弁護団による粘り強い証拠開示でした。

まず弁護団は、すでに開示されている取調べ調書などを徹底的に読んだといいます。そして「○月○日と○月×日の調書があるのだから、×月×日の調書もあるハズだ」「この調書で語られている、こんな証拠があるハズだ」といった具合に推理を働かせ、まだ見ぬ証拠を1つひとつ開示させていきました。

パズルの小さなピースを1つずつ埋めていくような、気の遠くなるような作業だったことでしょう。こうした血のにじむような取り組みの結果、取調べ時の録音テープに編集された跡が見付かるなど、2人を無理やり犯人にデッチ上げて行った捜査の全体像が明らかになりました。

目撃証言は、近所の男性がバイクで現場を通りかかった際に2人を見たというもの。“夜の暗闇の中、時速約30kmで走るバイクから道端にいる人間を識別できるのか?” 素朴な疑問を抱いた弁護団は再現実験も行い、そんなコトは到底不可能なことを証明しました。

現場の被害者宅からは2人の指紋も出ていませんが、裁判所は “指紋がないからと言って、犯人でないとは言えない ”という意味不明な理屈で有罪にしました。そんなバカな!?と思われるかもしれませんが、冤罪事件ではよくあるパターンです。

“それならば本当に指紋が出ないことがあるのか?”弁護団は支援者と協力して現場を再現したセットを作り、桜井さんが自白通りの方法で侵入したところ、おびただしい数の指紋が残りました。本当に涙ぐましいというか…アホバカ裁判所を説得するには、このぐらいやらないとダメなのです。

 

◆検事より怖かった!? 弁護団

弁護団長を務めた柴田五郎さん(1936年〜2017年)とは、亡くなる数年前に何回かお会いしました。もの静かで穏やかな方という印象でしたが、再審無罪を勝ち取るまでは本当に鬼のよう…というより鬼そのものだったそう。それだけ真剣だったのでしょう。

柴田さんが「布川事件」の弁護士になったのは1971年。そこから再審無罪を勝ち取る2011年まで実に40年。“自分も無期懲役になったつもりで2人に付き合う”と覚悟を決めたといいます。

はじめて拘置所で2人に面会した柴田弁護士は “無罪が欲しかったら支援を訴える手紙を書け!!” と、詰め寄ったそう。本当に “詰めた” という表現がピッタリで、桜井さんも “検察官より怖かった” と振り返ります。

 柴田五郎弁護士(前列左から3人目)。『布川事件の44年が問いかけるもの』より。

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◆真摯に無実を訴え続けた杉山さん

柴田弁護士に気圧されて…でなく言われたことを真摯に守り、桜井さんと杉山さんは1万通におよぶ手紙を書き続けます。そのうちの1通、杉山さんが作家の佐野洋(さのよう1928〜2013年)さんに充てた手紙(1974年)の一部を紹介します。

 

拝啓 突然の便りにて失礼致します。

私は、布川事件という強盗殺人事件の犯人として、桜井昌司という男と、二人共犯として、警察検察にデッチあげられましたが、ただ今、無実を主張してたたかっているものでございます。

(中略)

私はこれまで、裁判というものを神聖なものと信じてきました。それゆえに期待を裏切られたショックは大です。

日本の法律には『疑わしきはばっせず』という大原則がありますが、一体、いまの日本で、その原則通り判決している裁判官がどれほどいることでしょう。

(中略)

佐野先生もお忙しい毎日とは存じますが、こんな不正なことが許されないよう、私たちのためにお力添えをいただき、最高裁をして真実に目を向けさせるよう、また広く国民に訴え、裁判所に公正な判決をさせるために、ぜひともお力添えをいただきたいのです。

 

『檻の中の詩(うた)佐野洋双葉文庫) より

 

逮捕当時の杉山さんは地元で名の知れたワル、今でいうヤンキーでした。それが原因で「布川事件」の容疑者として警察に目を付けられたわけですが、手紙の文面からはそんな過去が信じられないような真面目な人柄が伝わってきます。塀の中で必死に自分と向き合ったのでしょう。

再審無罪を勝ち取った6年後の2017年、杉山さんは亡くなりました。まだまだやりたいこともあったに違いありません。本当に無念だったことでしょう。

杉山さんの手紙全文、桜井さんの獄中詩、そして事件の経過を詳細に綴った佐野洋さんの『檻の中の詩』。

 

◆“冤罪仲間”のために駆け回る桜井昌司さん

桜井昌司さんも、捕まる前は相当ヤンチャをしていたそうです。でも千葉刑務所に収監されてからは“いつか必ずいいコトがある、今できることを一生懸命やろう”と真面目に刑務作業に取り組み、詩を書いたり音楽の勉強に励んだといいます。その努力は塀の外に出てから実を結び「歌手」としてCDまで出しています。

現在の桜井さんは、全国の刑務所を飛び回って無実を訴える人を励ましたり、法務委員会で国会議員を相手に冤罪の撲滅を訴えたり、まさに八面六臂の活躍をしています。守大助さんの支援者集会や裁判所要請でも、たびたび顔を合わせます。

桜井さんはよく “冤罪仲間の誰々が” という表現を使います。私はこの“冤罪仲間”という言葉が大好きです。同じ苦しみを味わっている人に対する想いや温かみが、ヒシヒシと伝わってくるんです。

ここ数年で、冤罪というジャンルが社会の注目を集めるようになりました。いろいろな皆さんが頑張ってきた成果でしょうが、その中でも桜井さんが果たしている役割は決して小さくないと思います。本当に頭が下がります。

 

◆『救援会』の存在意義

人権団体『日本国民救援会』が「布川事件」を支援し始めたのは1972年。そこから有志による支援組織「守る会」が立ち上がり、支援の環が広がっていきました。守大助さんの「北陵クリニック事件」と、同じパターンですね。

『救援会』は何を根拠に冤罪の支援を決めるのか、きいたことがあります。

  • ①本当に冤罪であるか、裁判資料などをもとに検証。
  • ②当事者、弁護団、支援者の3者が団結して運動を作れるかを重視。

 「布川事件」は①は当然として②で大きな成功を収めたモデルケースです。

前回のブログで書いた通り、桜井さんと杉山さんは1978年に有罪・無期懲役が確定して千葉刑務所に収監。1996に2人揃って仮釈放となりました。無実を訴えていると“反省していないからダメ”となかなか出してもらえない中で仮釈放を勝ち取れたのは、運動の成果。そもそも2人が同じ千葉刑務所に入れたのも、奇跡的なことです。

『救援会』は、

  • “2人は再審請求をするつもりでいて、東京で弁護団を結成する。”
  • “面会や打ち合せがしやすいよう、東京に近い刑務所にして欲しい。”

など要望を出しながら法務省当局と交渉したといいます。

冤罪の支援というと署名を集めることだけと思っていましたが、実はやるべきことはいろいろあるのです。

 

◆どんな裁判官、どんなマスコミも味方に付けよう

「守る会」も毎月欠かさずニュースレターを出して裁判の進捗状況を伝えたり、事件現場を訪れて事件の知識を深めたり、弁護団と協力して再現実験を行ったり、活発に活動を展開しました。

支援者どうしの結束は固く、「守る会」の雰囲気はとても明るかったそうです。どうやったら再審無罪を勝ち取れるか真剣に議論を交わす一方で、温泉や飲み会で和気あいあいな雰囲気も大切にしたといいます。杉山さんからは “オレをダシに楽しみやがって” と冗談まじりで憎まれ口を叩かれたそうですが、これはとても大切なポイントだと思います。

冤罪は本当に深刻で苦しいもの。支援活動だって真剣に取り組まなければなりません。だからと言って暗い顔ばかりしていても、人は集まって来ないし、支援の環は広がらないでしょう。 “明るく楽しく” 活動することは、まったく不謹慎ではないのです。

またこれは桜井さんからきいたことですが  “どんな裁判官、どんなマスコミも味方にしよう” も運動の合言葉にしたそうです。裁判所のアホバカ判決や、警察・検察がリークするデタラメを報じるメディアは本当に許せません。だからと言って批判ばかりしていても、物事は進みません。

 そんなポジティブさを大いに見習って、守大助さんの再審無罪に向けて引き続き頑張りたいと思います。大助さん本人も、辛気くさい活動なんか望んでいないでしょう。

当事者、弁護団、支援者の団結を象徴するような1枚の写真。前列中央が桜井昌司さん、その左の背の高い男性が杉山卓男さん、杉山さんの左には柴田五郎弁護士。布川事件再審無罪5周年報告〜布川事件の44年が問いかけるもの』表紙より。

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