今日4月28日で、守大助さんは46歳。
29歳から自由を奪われたまま、
17回目の誕生日です。
看護士として働きたかった30代、
結婚して子どもができたかもしれない30代、
自由であれば充実していたであろう10年間はずっと塀の中。
40歳になる直前には、故郷の東北で大震災が発生。
“何故、自分はここに居るのか?
現場に出てケガをした人の看護をしたい!”と、
塀の中で悔しさをにじませました。
そして今日、40代も後半へ。
面会に行く度に、大助さんは訴えます。
“何としても40代のうちに自由になりたい。
そして看護の仕事に戻りたい。
50代、60代では遅すぎる。
その年齢では、自分が看護される側になりかねない”。
無実の罪で17年間も身柄を拘束されたまま、
歳だけを重ねていく心境とは?
私には、とても想像できません。
しかも2001年1月の逮捕から、
2005年7月までの4年6ヵ月もの間、
大助さんは“接見禁止”に置かれました。
これは逃亡や証拠隠滅などの恐れがある場合、
検察が裁判所に要請して取られる措置。
弁護士を除いては、誰とも面会できなくなります。
家族や友人とも…。
大助さんがどのようにして、
逃げたり証拠を隠滅できるのか?
無実を主張することへの見せしめとしか、考えられません。
そんな状況の中でほぼ毎日、
弁護団は交代で大助さんの面会に通い続けました。
“あの励ましがなかったら、自分の心はとっくに折れていた”と、
大助さんは当時を振り返ります。
まさに“ブラック司法”!
こんな検察、こんな裁判所を許しておいて良いのか?
一旦起訴されたら、有罪率は99.9%。
冤罪が後を絶たない日本において、
大助さんの冤罪は、決してヒトゴトではありません。
大助さんの再審無罪を勝ち取ることは、
日本の司法を草の根から
変える運動の、
スタートラインです。
これからも声を上げていきましょう!
〈写真〉
逮捕される前、20代の守大助さん。現在は白衣からグレーの刑務作業服、頭は坊主刈りになりましたが、
若々しさはそのまま。