Free大助!ノーモア冤罪!

「北陵クリニック事件・無実の守大助さんを守る東京の会」事務局長の備忘録〜素人の素朴な目線から冤罪を考える〜

【122】先週金曜日の袴田巖さん

◆よくぞ生きて戻ってきた!

本日のフランシスコ・ローマ教皇の東京ドームミサ、盛況だったようですね。約5万人の参加者の中には、袴田巖さんもいました。教皇との面会も期待されていましたが、残念ながらかなわなかったようです。袴田さんは死刑確定後の1984年12月、東京拘置所カトリックの洗礼を受けました。

私はミサには参加しませんでしたが、これに先立つ先週金曜日に開催された集会で、袴田さんの姿を目にしました。その集会とは『いのちなきところ正義なし〜日本の死刑制度の今後について〜』。死刑廃止に取り組む聖エジディオ共同体(イタリア)や日弁連超党派の議員による国際色豊かなシンポジウムに、巖さんが姉の秀子さんとともにやって来たのです。(写真の下に続く)

袴田巖さん会場入り。

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会場の衆議院議員会館に袴田さんが姿を現したのは、シンポジウムが始まって10分ぐらいした頃。ローマから来た主催者の方(資料を紛失してしまいお名前を忘れてしまいました…)のスピーチの途中でしたが、マスコミは一斉に袴田さんに。抜きん出て高い注目度でした。というか…大部分のメディアは袴田さん目当てで集まっていたようです。

ゆっくりとした足取りで席に着き、一言も言葉を発しない袴田さん。体調がすぐれないのか、10分ほどで控え室に退席しました。今も袴田さんは、拘禁症状が続いているといいます。長年にわたって拘置所に閉じ込められ、“いつ自分の死刑が執行されるのか”という恐怖感がどれほどのダメージを心身にもたらしたのか…ちょっと想像が付きません。

会場に残った秀子さんは、シンポジウムの最後にこのように語りました。

拘置所から出てきて6年になりますが、今でも巖は自分の世界を作って、その中で生きています。6年そこらでは元の精神状態には戻れません。戻らなくてもいいと思っています。それよりも、48年を経てよくぞ生きて戻ってきた!と思います」。

最後の方は少し涙ぐんでいたように見えました。“戻らなくてもいい” “よくぞ生きて戻ってきた!”という言葉には私も思わず、もらい泣きをしそうになりました。(写真の下に続く)

力強く訴える袴田秀子さん。

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◆検察の悪行を絶対に許さない

袴田巖さんは、典型的なデッチ上げ冤罪の犠牲者です。しかしながら、現在も「確定死刑囚」です。何故なら、検察が再審開始を妨害し続けているからです。

2014年3月に静岡地裁が再審開始を決定したものの、これに検察が不服を申し立て、18年6月に東京高裁が再審開始を取り消し。闘いの場が最高裁に移って1年以上になります。つまり最高裁の決定次第では、袴田さんは再び死刑囚として拘置所に逆戻りということもあり得るのです。もちろんそんな事態、絶対に阻止したいと思っていますが…。

これまでの経緯については、こちら。

【92】袴田事件・袴田巖さんの再収監を許さないアピール(全文紹介) - Free大助!ノーモア冤罪!

最高検察庁は、袴田さんの再収監を求める意見書を最高裁に出しています。霞ヶ関にある最高検察庁は、日本の検察を束ねる最高機関。つまり検察のトップが直々に“袴田さんを死刑台に連れ戻せ!”と言っているのです。

これだけ無実が明白で、しかも拘禁症状を患っている人を“殺せ”など、狂気の沙汰としか思えません。検察にとっては人の命よりも、一度確定した死刑判決は覆したくないという国家のメンツを守る方が大切なのです。これが日本の司法で絶大な権力を発揮している、検察の正体です。もっと多くの人に、このことを知って欲しいと思っています。

私は絶対に検察を許しません。マスメディアもこれだけ袴田さんに集まってくるのですから、検察の悪行をもっと報道して欲しいと願っています。

着席し、ゆっくりと帽子を取る袴田巖さん。右が秀子さん。

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