【81】冤罪撲滅に闘う国会議員、藤野保史さん〈前編〉
冤罪のない社会や「再審制度」の改革に向けて、国会議員も奮闘しています。
「守大助さん東京の会」の母体である「日本国民救援会・東京都本部」は、衆議院法務委員会で活躍する藤野保史・衆議院議員(日本共産党)を招いて、『今こそ学ぼう!!再審の最前線』と題した学習会を開催しました。
9月15日と少し前の学習会になりますが、1人でも多くの方に読んでいただきたと思い、講演の内容を2回に分けて紹介します。
※文章は録音を基に編集の上、作成しています。文責は「守大助さん東京の会」事務局長にあります。
■今、このタイミングで再審について語る意味
こんにちは。藤野保史(やすふみ)です。冤罪や再審の問題は、多くの国民にとっては身近ではないと思われるかもしれませんが、決して無関係でありません。私自身も周防正行監督の映画『それでもボクはやってない』を観て以来、電車に乗るたびに緊張しています。
現在「国民救援会」の支援事件だけで、5つの再審事件(※2018年9月15日現在)が最高裁判所で争われています。最高裁に5つも同時に係属しているというのは、戦後初めてだと思います。これは異例の事態であると同時に、警察、検察の在り方や、裁判にかかわる当事者すべての矛盾の現れではないかと感じています。刑事司法の問題が、表面化しているわけです。
他方でマスコミが冤罪や再審について取り上げる機会も多くなっており、国民的な議論が可能な状況になっていると思います。社会の関心が高まりつつあるというタイミングで学習会を持てたのはたいへん重要なことで、これを機に私たち一人ひとりの人権や人生がかかった問題として、考えるきっかけにできたらと思っています。
※大崎事件、湖東記念病院事件、袴田事件、北陵クリニック事件、松橋事件。うち松橋事件は11月10日に再審開始決定が確定!他の再審事件では飯塚事件、恵庭OL事件も最高裁に係属中。
■冤罪のハジマリは“絶対に落とす”取り調べ
日弁連の調査によると、1910年代から2000年代までに161件もの冤罪事件が発生しています。これは氷山の一角と言われており、表面化した事件だけで160件以上もあることになります。
その中で再審無罪を勝ち取ったのは、わずか10数件。たとえば『吉田巌窟王事件』は事件発生(1913年)から無罪の確定(1963年)まで50年もかかっています。本当に長い期間闘って、ようやく無罪を勝ち取れたわけです。私たちは筆舌に尽くし難い経験から学び、再審制度を変えていかなければならないと、強く感じています。
冤罪の原因としてよく上げられるのが、取り調べにおける自白の強要です。たとえば愛媛県警が使っていた『被疑者取調べ要項』というマニュアルの存在が明るみになり、以下のようなことが書かれています。
“粘りと執念を持って「絶対に落とす」という気迫が必要”
“調べ室に入ったら自供させるまで出るな”
“否認被疑者は朝から晩まで調べ室に出して調べよ(被疑者を弱らせる意味もある)”。
〈全文は下記リンク参照〉
【20】これは言わずにいられない〜徳島県警の誤認逮捕〜 - Free大助!
これを書いた教官は、後任に渡したということも国会で認めています。こうしたことが連綿と教え込まれていたというわけで、もはや警察官個人の問題ではなく、組織として虚偽自白を引き出す取り調べが行われててきた実態を垣間みることができます。
■3度も再審開始が出た大崎事件
今から50年以上前、すでに国会では再審に関する議論が行われていました。衆議院法務委員会・再審制度調査小委員会の議事録(1962年3月)から、日弁連人権擁護委員会の副委員長をされていた後藤信夫弁護士の発言を紹介したいと思います。
“申すまでもなく、一度確定した判決をまたやり直すという手続きは、これは軽々しく許すべきではございません。いわゆる法的安定性の保持ということはもとより大切ではございますけれども、その反面におきまして、一たび確定した判決といえども、もし冤罪のおそれがあるならば、高い人道的視点から、また基本的人権の尊重という趣旨から、できる限り救済の道を開きまして、誤りは誤りとしていさぎよくこれを是正し、無実の者をして冤罪に泣くことなからしむるということは絶対に必要でございます。”
一度裁判所が下した判決は確かに重いものの、冤罪の可能性があるなら速やかに救済すべきという観点から、再審制度は作られています。私が国会で質問をしたら、上川陽子法務大臣も再審制度は無実の人を救うための非常救済手段だと答えました。
私は具体例として大崎事件を取り上げて質問させていただいたので、この事件を中心に話したいと想います。事件は1979年10月、鹿児島県の大崎町で発生し、原口アヤ子さんが元夫と2人の義弟と共謀して、被害者を殺害し遺体を遺棄したとされています。アヤ子さんは一貫して無実を主張しましたが、他の3人の自白が証拠とされて4人全員が有罪になりました。しかし自白以外に客観的な証拠というものがないという事件です。
原口さんは“あたいはやっちょらん”と、10年の刑に服した後ずっと再審を求めて闘っています。すでに91歳に達していて、本当に直ちに救済しなければならない事件です。大崎事件は再審開始決定を3回(※)も受けているという意味でも、極めて異例です。再審は一度確定した判決を覆す重い判断です。その重い判断が3度も下されているわけで、どれだけ確定判決がおかしいかを示していると思います。
■大崎事件、再審の軌跡
〈第1次再審〉
1995年4月 原口アヤ子さんが再審請求
2002年3月 鹿児島地裁、再審開始決定(※1回目)
しかし検察が即時抗告
2004年12月 福岡高裁宮崎支部、検察の即時抗告を受け再審開始決定を取消
2006年1月 最高裁も福岡高裁宮崎支部の取消を支持、再審開始ならず
〈第2次再審〉
2010年8月 第2次再審請求
2013年3月 鹿児島地裁、再審請求を棄却
2015年2月 最高裁、棄却
〈第3次再審〉
2015年7月 第3次再審請求
2017年6月 鹿児島地裁、再審開始決定(※2回目)
しかし検察が即時抗告
2018年3月 福岡高裁宮崎支部、検察の即時抗告を退け再審開始決定を支持(※3回目)
しかし検察は最高裁に特別抗告、現在は最高裁で再審開始を闘っている
〈事件については下記リンク参照〉
【40】大崎事件、再審開始決定!だが喜ぶのはまだ早い - Free大助!
■検察はやってはならないことをやった
再審制度は「請求手続」(裁判所が再審開始決定を出すまで)と「公判手続」(公判を開いて無罪を決めるまで)という2つの段階からなり、これが多くの問題を生んでいます。実際に無罪を言い渡されるのは2段階目で、1段階目で検察が公判手続に進むことを頑として認めないという、ヒドい対応をしています。
大崎事件については鹿児島地裁の再審開始決定を受けて、刑法学者が声明を出しています(2017年6月)。その一部を紹介します。
“何より、請求人は90歳という高齢にあり、しかも心身の健康が危ぶまれる状態に置かれているところ、仮に即時抗告がなされて開始決定が確定するまでに更に年数を要することとなるのは人道的見地から決して許されるものではありません。”
本当にその通りだと思います。ところがこの声明が出された後、検察は即時抗告を行い、公判手続に行かせないというやり方を取った。絶対に許されない。
この即時抗告に対して、福岡高裁宮崎支部も再審をやるべきという判断を下した。これは良い判断だったと思います。重要なのは高裁としてはじめて大崎事件の再審開始を決定しただけでなく、判断の期間が短かったこと。アヤ子さんの年齢も鑑みて8ヵ月半という異例の早さで結論を出しました。存命中に公判の場で無罪の言渡しを聞いてもらわなければならないという、裁判所の役割を自覚したふるまいだったと思います。ところがここでも検察は、最高裁へ特別抗告を行いました。
検察はやってはならないことをやった。もし異論があるなら、公判手続の場で堂々と主張すればいい。にもかかわらず即時抗告や特別抗告といった手続きを濫用している。これは本当に許し難いことです。犯人とされた4人は人生をズダズダにされました。アヤ子さん以外の3人のうち2人は自ら命を絶ち、1人は病に倒れ、殺人犯という汚名を追ったまま亡くなられた。あとはアヤ子さんしか残っていない。それなのに検察は審理を先延ばししようとしている。
私は法務委員会でも、大崎事件について怒りに震えながら質問しました。人道上許されない!と迫ったわけです。ところが上川法務大臣は “個別具体的な事件の検察の活動にかかわることなので、法務大臣として所感を述べることは差し控える” という冷たい答弁でありました。これは個別事件で済まされない、再審制度そのものを揺るがしかねない問題です。
繰り返しになりますが、再審は確定した判決を新しい証拠に基づいて吟味するという重い手続きです。だからこそ警察、検察、裁判所それぞれが役割をしっかり果たさなければならない。なのに検察は審査に入らせようとしない。自らの誤りを正さず、真実を隠そうとしている。検察は公益の代表者として振る舞うことが求められているのに、抗告はそれに値しない卑劣な行為だと思います。
ここでまた、過去の衆議院法務委員会・再審制度小委員会の議事録(1963年3月)から、『アジア極東犯罪防止研究所』の安倍治夫さんの発言を紹介します。
“再審制度は実態的真実のために法的安定性を犠牲にする非常救済手続きであるから、これを運用するにあたっては慎重を旨とし、いやしくも濫用にわたってはならないことは言うまでもない。〜中略〜しかしその反面、法的安定性を強調するあまり、再審の条件をいたずらに厳格かつ形式的に解し、国民に対して事実上再審の道を閉ざすようなことがあってはならないこともまた多言を要しない。もし司法の職にあるものが安易な形式主義に流れ、再審制度の本質を無視して、機械的に再審を拒むようなことがあるとするならば、再審制度の存在意義はたちまちにして失われるであろう。”
現在の検察の態度は、まさに再審制度の存在意義を失わせるものです。アヤ子さんと弁護団は、検察の抗告権の濫用によって日本国憲法37条が保証する迅速な裁判を受ける権威を侵害するとして国家賠償を起こそうとしています。当然だと思います。
■検察の抗告を禁止する制度を
現行の「刑事訴訟法」には再審制度の規定がありますが、条文はわずか19条。きわめて大雑把な規定しかなく、個々の裁判所の解釈に委ねられてしまっているのが実態です。大崎事件における福岡高裁のようにしっかり訴訟指揮権を果たす裁判所もあれば、一向に役割を果たそうとしない裁判所もあります。それを可能にしてしまっているのが現状の「刑事訴訟法」であり、いわゆる『再審格差』が生まれる原因になっていると、日弁連は指摘しています。
やはり最大の問題点は、検察の抗告を許していることです。多くの冤罪事件で “無実を証明する証拠はない” とウソを言っておきながら、即時抗告や特別抗告をしている。自分たちが証拠を隠してきた不正義には一切の謝罪も反省もせず、条文にある抗告権だけは実行してくる。こんなことが許されるのでしょうか。
日本が手本にしたドイツの刑事訴訟法では、検察の抗告権が廃止されています。事実認定を争いたければ公判手続でやればいいからという理由で、日本もこういう方向に進むべきだと思います。国会でも直ちに再審を開いて黒白を決するのが妥当であるという意見や、検察の抗告権は現行の刑事訴訟法で追加され、旧刑訴法よりも再審の門戸を狭くしているという指摘も出ています。やはり抗告権の禁止が必要です。
そして多くの方が指摘されるのが、証拠開示の問題です。多くの国民は検察も裁判所もちゃんと証拠を調べていると思っていますが、検察は有罪にするための証拠しか出さないというのが、多くの冤罪事件における実態と言わざるを得ません。そして再審請求の段階になって “まだ裁判に提出されていない証拠を検察は持っているはずだ” と、弁護団や支援者が開示を求めても、検察は頑として出そうとしない。
大崎事件の第2次再審請求では “無実を証明する証拠はもはや存在しない見込みである” 、“庁舎をひっくり返して探しても出てこなかった” とまで言っておきながら、第3次請求で弁護団が粘り強く開示を求めたら、60数点ものネガフィルムが新たに出してきました。これが重要な新証拠として、再審開始決定を後押ししたのです。もっと早い段階で出ていたら、結果が大きく変わっていたでしょう。
国会では森友問題や加計問題で政府が公文書を廃棄したとか、存在しないと言った文書が実はあった…といったことが問題になっていますが、司法の世界では以前から繰り返し行われてきたんです。
〈次回に続く〉
憤りとともに、再審制度の改革を訴える藤野保史議員。