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「北陵クリニック事件・無実の守大助さんを守る東京の会」事務局長の備忘録〜素人の素朴な目線から冤罪を考える〜

【90】「東名あおり運転」裁判と、守大助さん・無期懲役の判決文に想うこと

■“極刑にしろ!!”と言いたくなる気持ちはわかりますが…

「東名あおり運転事故」の裁判員裁判が始まりました。案の定というか、被告人の非道ぶりを強調した報道が始まり、ネットニュースのコメント欄は “極刑にしろ!!” という書き込みで埋め尽くされています。こうした状況に、本当に背筋が寒くなります。

私だって 、亡くなったご夫婦、目の前で両親を殺された姉妹、巻き添えになったトラックドライバーのことを思うと、被告人の行為には言葉にできない憤りを覚えます。だからこそ冷静になって、過激なことを口にするのを控えたいのです。

何故こんなことを書いたかというと、守大助さんを無期懲役にした仙台地方裁判所の判決文(2004年3月)を改めて読んで、本当に恐ろしいと感じたからです。

 

被害者感情を煽り “極刑もあり得た” という判決文 

とくに「結論」の章が大助さんへの敵意むき出しで、これが本当に裁判所が出した公文書(判決文は立派な公文書です)なのか?と、目を疑ったほどです。一部を抜粋して紹介します(一部カ所の赤字化、カッコ内補足説明は筆者による)

 

本件は、多数の入通院患者に対し継続的に医療行為を実施していた相当規模の病院である北陵クリニックにおいて、合計5名の患者に対し、未必的な殺意を有しながら、それぞれ、犯行時施行されていた点滴の点滴ルートを介して、それ自体極めて危険な作用を伴う筋弛緩剤であるマスキュラクス溶液を当該患者の体内に注入し、いずれも容態の急変を生ぜしめ、1名を死亡させ、1名を死亡させるに至らなかったものの、回復見込みのないいわゆる植物状態に陥れ、他の3名についても、死の危機に直面させたという、医療施設内において、医療行為を装って敢行された殺人、同未遂事件としては、前代未聞の重大極まりない凶悪事犯である。

(中略)

本件死亡被害者であるS子(※89歳女性)は、身体は不自由であるものの、他人との会話等は普通にでき、被害者なりに平穏な余生を楽しもうとしていた矢先、突如として、むしろ親しく言葉をかけるなどして、他の看護職員以上に信頼を寄せていた被告人から、予想もしない凶行の対象とされ、極度の無念さと苦しみのうちにその生涯を閉じざるを得なかったものであり、その孫に当たる遺族が被害者の無念さ、悔しさを代弁すべく、意見陳述において、その気持ちを吐露し、被告人に対する極刑を求めている

また被害者A子(※植物状態になった11歳女児)は、当時小学6年生で、その未来は無限に広がっていたはずであるのに、やはり、誠に理不尽にも、被告人の凶行の的となり、突然に襲ってきた身体の変調の中でもがき苦しみ、かつ、恐らくは絶望をも感じながら、ついに、否応なく脳に重度の障害を負わされ、前途にあった全生活を一挙に奪われ、自らは何もできず、絶えず完全かつ細心の注意を払った介護が必要な状況に陥れられたのである。(中略)両親は、本件当初から消えることのない愕然たる思いとやり場のない怒り、悲しみに耐える中、共に証人として出廷し、被害者人の思いや家族のみじめな状況等を絞り出すようにして、切々と訴えた上で、被告人に対する極刑を切望している

 (中略)

以上の重大な罪を犯したことに対し、被告人は、反省、悔悟の表出がないばかりか、かえって、当公判廷において、多岐にわたる不合理な弁解を重ねており、これが被害者等の被害感情をいたずらに増幅させていることは明らかというべく、また、いかにも、半田夫妻(※北陵クリニックのオーナー)や同僚看護婦等多数の関係者の方に非や虚偽があるような供述を繰り返したものであって、この点が、別途各関係者に与えた精神的苦痛や社会生活上の影響も計り知れない。

(中略)

このように見てくると、被告人に有利に解すべき事情としては、せいぜい、被告人に前科前歴がないことが挙げられるにとどまり、仮に、被告人において十分な反省悔悟の情を表したとしても、その責任の重さは、有期の懲役刑では賄えないほどのものと言い得るところ、被告人は実際には、前示のとおり、かえって被害者感情を増幅させ、多数の関係者に深刻な打撃、影響を及ぼしており、この点からして、極刑をも視野に入れた検討を必要とするほどの状況があるといえる。

しかし結局、極刑の選択自体は、極めて慎重であるべく、反面、無期懲役刑で処断すべき罪責に大きな幅が存することは否定し難く、以上に触れたほか、諸般の情状を総合勘案の上、被告人に対しては、主文掲記のとおり無期懲役刑を科し、生涯をもって長くそのしょく罪の道を歩ませるのが相当であるとの結論に達した。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 無期懲役)平成16年3月30日 仙台地方裁判所第1刑事部

裁判長裁判官 畑中英明

裁判官 佐々木直

裁判官 阿閉正則

 

 どうでしょうか? いたずらに被害者感情を煽り、 無実を訴える大助さんの切実な声を “不合理な弁解” と切り捨て、“極刑をも視野に入れた” など、正気の沙汰とは思えません。仙台地裁は私刑(リンチ)を代行する場になってしまったのでしょうか?

判決文はこの「結論」の前に約150ページを使い、あれこれ理屈をこねて大助さんや弁護団の主張を退ける一方で、マトモな裏付けもない警察・検察の言い分だけを採用し、無期懲役という判決を導いています。

全文はこちらのリンクでご覧いただけます。

裁判資料: 仙台北陵クリニック・筋弛緩剤冤罪事件全国連絡会

 大助さんと弁護団は当然判決を不服として闘いを続けますが、仙台高裁(控訴審/2006年)、最高裁(上告審/2008年)ともに無期懲役を支持。再審請求は事実調べもマトモな審理もされないまま棄却され(2014年、2018年)、現在は再び最高裁で闘っているという状況です。

 

■あの冤罪事件の死刑判決を後押ししたのも世論だった

しかし私は、裁判所だけを非難する気にはなれません。こんな判決文が生まれた背景に “守大助を許すな” という社会の空気があったのは間違いありません。大助さんが逮捕された当時、マスメディアは “恐怖の点滴殺人事件” として大々的に報道。それに吊られるように世論が形成されました。冤罪の可能性を報じたメディアもありましたが、まだ少数派でした。

メディアと群集心理が一体となったプレッシャーに、裁判所がまったく無関係でいられるでしょうか?この事件、裁判員裁判だったら(当時はまだ制度がなかった)無罪が取れたと言う方もいますが、トンでもないと思います。厳罰を望む声に押され、それこそ極刑になっていたかもしれません。

以前も紹介した「北陵クリニック事件」の全体像が網羅された1冊。メディア報道の問題についても書かれています。

 

 

たとえば「袴田事件」だってそうです。今こそ袴田巖さんは無実という認識が広まっていますが、事件発生当初の報道は本当にヒドく “ボクサー崩れの極悪人” という空気が万延していったといいます。死刑判決を下した裁判官の1人は後に “やはり報道の影響は大きかったと思う” と語ったそうです。

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袴田さん逮捕を報じる毎日新聞(1966年8月18日)。“不敵なうす笑い”などと、完全に極悪人扱い。「人権と報道・連絡会」資料より。

 だから、いたずらに被害者感情を煽り “極刑にしろ!!” と叫ぶのは止めて欲しい。これは冤罪を訴えている事件であろうと、本当に罪を犯している事件であろうと(後になって冤罪が明らかになるケースも多いのですが)関係ありません。

私たち1人ひとりが冷静でいるよう自分を律しなければ、日本は本当に恐ろしい野蛮国家になってしまいます。冤罪も続くでしょうし、自分自身や大切な誰かが、いつその当事者になってしまうかもしれません。

 

日本国民救援会」が2015年に発行した「裁判資料集」。仙台地裁の判決文も全文を収録。判決文の文章表現はとにかく分かりにくく、全文読み通すのは苦行です。真実でないことを書いているから、分かりにくい表現にしてゴマカして煙に巻くしかないのでしょう。

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