【158】乳腺外科医裁判 “科学的厳密性に議論の余地” があっても逆転有罪
◆こんなコトで無罪判決を取り消して良いのか?
昨年の2月、このブログで紹介した「乳腺外科医師冤罪事件」。
すでに報道でご存知と思いますが、本日東京高裁は一審の無罪判決(2019年2月20日/東京地裁)を破棄。「懲役2年」という逆転有罪判決を言い渡しました。
この事件、守大助さんの「北陵クリニック事件」と同じく、人権団体「日本国民救援会」が支援しています。私は傍聴に行かれませんでしたが、実際に行った支援者仲間は「実刑だよ。無実の人が」と絶句したといいます。
この事件、他にもいくつか「北陵クリニック事件」と似通った点があります。
- ①医療機関を舞台にした事件である
- ②元々存在しない事件がデッチ上げられた疑いが大きい
- ③肝心の証拠であるDNA抽出液が破棄されて存在しない
- ④鑑定数値を記入したワークシートが改ざんされた形跡があるなど、医師を犯人にデッチ上げるため証拠がつくられた疑いがある
一審の東京地裁は、とくに③と④に対して「検査者としての誠実性に疑念がある」と断罪し、無罪判決を下しました。
ところが本日の東京高裁は…。
アミラーゼ鑑定とDNA定量検査についても、本判決では科学的厳密性には議論の余地があるとしつつも、女性の証言の信用性を補強できるとした。
(日経メディカルオンライン【速報】より)
「科学的厳密性に議論の余地がある」ならば“疑わしきは被告人の利益に”という刑事裁判の大原則にもとづいて、無罪にしなければなりません。
しかし東京高裁は“証拠は曖昧だけど、被害を訴える女性の証言が信用できる…”という理由で有罪にしてしまいました。こんな程度のことで無罪判決を取り消すなど、トンでもない暴挙です。
(“疑わしきは被告人の利益に”とは?についてはこちらに書きました)
【36】無実の人は無罪に!〜疑わしきは被告人の利益って?〜 - Free大助!ノーモア冤罪!
◆専門家の意見を無視して懲役2年!!
今回の裁判で最大の争点は、被害を訴える女性の「胸を舐めるなどのわいせつ行為をされた」という証言が信用できるか?です。
外科医師と弁護団は、すべては麻酔手術の「せん妄※による幻覚」であると主張しています。
※せん妄=薬物の影響などによる、一時的な意識障害や認知機能の障害で、錯覚や幻覚をともなう。
そもそも外科医師が犯行を行った事実自体が存在しない。女性は幻覚によって被害を受けたように錯覚しているだけ、というわけです。
ある意味、苦しい想いをしてしまった女性も被害者。決して悪意を持って無実の外科医師を陥れたのではないことは、押さえておきたいポイントです。
弁護側は「せん妄」を研究している精神科医や麻酔科医に証人になってもらいました。そしていずれの証人も、女性は典型的な「せん妄による幻覚」である可能性が高いと証言しました。
一方、検察側証人に立った井原裕医師(獨協医科大学埼玉医療センター)は「せん妄であっても幻覚の可能性はない」と、これを否定。この井原医師、自ら「私はせん妄の専門家ではない」と宣言するほどの“素人”だそうです。
つまり裁判所は専門家である弁護側証人でなく、素人である検察側証人の言うことを採用し、有罪にしたのです。こんな裁判が続くかぎり、これからも冤罪が量産され続けるでしょう。
裁判所がこんな体たらくなので、検察もやりたい放題。“素人”の証人を呼んで、無罪判決をくつがえそうなどという蛮行を、平気で行えるのでしょう。
ではなぜ、裁判所は意味不明な判決を下すのか?興味深いツイートを見つけました。
「袴田事件」の弁護士さんの言葉だけあって、とても説得力があります。もはや日本は法治国家などと呼べる状況でなく、公正な裁判など望めません。“裁判官なら何をやっても許されるという”無法地帯が、裁判所の実態のようです。
繰り返しますが、今回の判決は「懲役2年の実刑」です。
外科医師と弁護団は最高裁に上告して闘う意向ですが、もし刑が確定してしまったら、執行猶予ナシで刑務所に送られてしまうのです(もちろん執行猶予が付けば有罪にしてOKというワケじゃありませんが)。
これが日本の司法の現実。このことを私たちは、今一度認識しておくべきでしょう。
最後に本日の判決を報じた「日経メディカルオンライン」から、弁護団のコメントを紹介します。
「我々は怒りを通り越して、どうしていいか分からない。一審であれだけ議論して、今回の科捜研の手法は信頼性に欠けるものだという結論が出たのに、データは全て捨てても証拠として認められるという判決が出るとは思っていなかった。
科捜研の技官に、『データはないがあなたのDNAが出た』と言われたら終わりということか。今後も、次々にえん罪が生まれるだろう」
弁護団と支援者は、外科医師の身長やベッドの位置関係から、そもそも犯行など不可能なことも実証。『乳腺外科医師えん罪事件』(外科医師を守る会)パンフレットより。
【157】7月18日は「大崎事件」Webセミナーをご視聴ください
◆今度の土曜日の午後は「大崎事件」を学びましょう
新型コロナウィルスは、冤罪支援の運動にもさまざまな影響を及ぼしました。これまでは大きな会場で集会を行ったり、街頭で宣伝を行ったり、デモに参加したりと、とにかく集まってナンボという世界でした。
しかしこれらの方法はいずれも三密を伴うため、根本的な運動の在り方の見直しが迫られています。これは冤罪支援に限らず、市民運動全般について言えることでしょう。
本当に大変な時代になったものです。しかしだからと言って、歩みを止めるワケには行きません。無実を叫ぶ人たちを救済し、日本の司法制度を変えるのは、待ったナシの状況ですから。
その打開策のひとつが、インターネットの活用。「再審法改正をめざす市民の会」では下記の日程で「大崎事件」のウェブセミナーを開催します。
- 7月18日(土) 午後2時〜午後3時15分
- https://www.youtube.com/watch?v=RVPwShcTS1w
1200万円を超える金額が集まったクラウドファンディングを立ち上げた周防正行監督と、弁護団事務局長の鴨志田祐美弁護士。2人が大崎事件の真実と、4回目のチャレンジとなる再審への展望を語ります。
土曜日の午後2時、ぜひアクセスしてご覧ください!!
(写真の下に記事は続きます)
◆1回目の「湖東記念病院事件」もご覧ください
「再審法改正をめざす市民の会」のウェブセミナーは、今度の「大崎事件」で2回目になります。1回目の「湖東記念病院事件」ウェブセミナーについては、こちらのYouTubeチャンネルでご覧いただけます。
YouTubeの「再審法改正をめざす市民の会」のチャンネル登録も、よろしくお願いいたします。
まだ詳細は未定ですが、8月には3回目として「袴田事件」のウェブセミナーも予定されています。決まりましたら、改めてご報告します。
(チャンネル登録はこちらから)
【156】冤罪撲滅という点からも、宇都宮健児さんを都知事にしたかった!!
◆宇都宮さんは『再審法改正をめざす市民の会』の共同代表
東京都知事選、小池百合子さんが366万票(得票率59.7%)を獲得し、再び東京都政のリーダーシップを取ることになりました。
私が応援していた宇都宮健児さん(元・日弁連会長)は2位だったものの、約84万票(得票率13.7%)にとどまりました。
私個人的には、まあ小池さん再選の可能性が高いだろうと思ってはいましたが、まさかここまでの圧勝になるとは…というのが正直な感想です。宇都宮さんがもっと追い上げて接戦になるという期待は、見事に打ち砕かれました。
そんな見通しが甘いんだ!と言われれば、それまでです。
今回の都知事選ではそれほどクローズアップされませんでしたが、宇都宮さんは冤罪をなくす運動にも取り組んでおり『再審法改正をめざす市民の会』の共同代表の1人にもなっています。
(HPはこちら)
守大助さんの支援者仲間の1人は、こんなふうに残念がっています。
「もし宇都宮さんが都知事になったら、警視庁と都内警察署の取調室にカメラを設置してもらうとか、やりたかった。再審法改正に向けた国への意見書の都議会可決も」
まったくその通り。日本最大の自治体である東京都のリーダーがこのような取り組みをしたら、相当なインパクトになるでしょう。
しかし今回負けたからと言って、まだまだ終わりじゃありません。宇都宮さんご本人のツイートを紹介します。
“選挙は一つの社会運動” という視点と “これからも運動は続けていく” という決意、とても大切だと思います。
あくまでも点でなく線として、負けたらオシマイでなく活までやり続けるという姿勢は、冤罪の支援活動でも大いに見習いたいです。具体的に言うと…。
- 無罪を取れなかったからと言ってヘコたれず、また立ち上がって声を上げる。
- 無罪を取れたら“良かった!”で終わらせるのでなく、冤罪を生んだ警察・検察・裁判所を正すよう働きかけていく。
強大な司法権力を相手に私たちができることは、とにかく継続することしかありません。
◆宇都宮さんの「布川事件」の声明文、全文紹介します
宇都宮さんは日弁連会長だった2011年、「布川事件」が再審無罪となったことを受けて、声明文を発信しました。
布川事件ひいては日本の冤罪全般の問題点を的確に指摘し、簡潔にまとめた良い声明だと感じたので、全文を紹介します。
本日、水戸地方裁判所土浦支部は、いわゆる「布川事件」について、櫻井昌司氏と杉山卓男氏に対して、再審無罪を言い渡した。
当連合会は、1978年(昭和53年)の判決確定直後から、人権擁護委員会内に布川事件委員会を設置し、以来両氏の救済のため最大限の支援を続けてきたところであるが、この日のために長きにわたって無実を訴え続けてきた両氏とこれを支えてきた御家族・支援者の方々、弁護団の活動にあらためて敬意を表するものである。
本件強盗殺人現場には激しい格闘があったことや室内が物色されたことが明らかな多くの痕跡があったが、両氏の指紋や毛髪は全く存在せず、他にも両氏が犯人であることを示す物的証拠は皆無であった。それにもかかわらず、代用監獄で偽計・脅迫等によりもたらされた虚偽自白や、誘導され変遷が顕著な目撃証言など、はなはだ危うい供述証拠のみを根拠に有罪が認定された。
また、裁判所が警察の取調べの最終段階における自白録音テープに大きく影響を受けて自白の任意性を認めてしまったことは、一部録音録画の危険性を端的に示すものであった。さらに、両氏が無罪であることを示す証拠はずっと隠されたままであり、無罪方向の証拠の多くがようやく開示されたのは、第二次再審請求後のことであった。
本日の判決は、これらの問題点を指摘して無罪としたものであり、当然のことではあるが、ようやく正義を実現したことは評価できる。
ここに至るまで両氏を29年余もの間獄中に置き、43年余もの間、強盗殺人犯の汚名を着せ、筆舌に尽くしがたい苦しみを負わせてきた警察・検察及び裁判所の誤判に対する責任は重く、深刻に反省すべきである。 当連合会は、検察官に対して、控訴を断念し早期に両氏を強盗殺人犯の汚名から名実ともに解放することを強く求める。そして、今後とも再審支援の活動を一層強化し、えん罪被害者を早期に救済するため、あらゆる努力を惜しまない所存である。
また、当連合会は、今後も、虚偽自白を生み出し、不法な取調べの温床となっている代用監獄の廃止、取調べの可視化(取調べの全過程の録画)、証拠の全面開示の実現など、えん罪を防止するための制度改革を実現するために全力を尽くす決意である。さらに、えん罪事件について、その原因を調査究明し、将来のえん罪防止へ向けて諸制度の運用改善及び立法を政府及び国会に提言する第三者機関の設置を国会・内閣に強く求めるものである。
2011年(平成23年)5月24日
日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児
この声明が出されたのは9年前。現在も冤罪支援をめぐる状況は厳しいものの『再審法改正をめざす市民の会』が結成されるなど、着実に前進はしていると思います。
とにかく歩みを止めず、進んでいきます。
(布川事件の詳細については、こちらに書きました)
【109】「布川事件」国賠勝利に想うこと - Free大助!ノーモア冤罪!
【110】明るく楽しい冤罪支援〜布川事件に学ぶ〜 - Free大助!ノーモア冤罪!
『再審法改正をめざす市民の会』発足集会(2019年5月20日)で。後列むかって左から5人目が宇都宮健児さん。
【155】守大助さん&勝又拓哉さんからのメッセージ
◆コロナにも負けず、無実を訴える2人に自由を!
前回のブログで紹介した「大崎事件」のクラウドファンディング。
最終的に1240万7,000円が集まりました。
当初の目標額500万円を早々にクリアし、再設定した目標額の1,000万円も200万円以上を上回る結果となりました。本当に素晴らしいことだと思います。
クラウドファンディングを企画した周防正行監督、4回目の再審請求にのぞむ弁護団の皆さんには、ただ頭が下がります。
もちろん伝え方次第ではありますが、真実を伝えれば共感し、応援してくれる人がいることに、とても勇気づけられます。
「北陵クリニック事件」の支援者としても、見習わなければいけないことがたくさんあると思っています。
そして守大助さんと「今市事件」の勝又拓哉さんの2人から、メッセージが届きました。両事件を支援している『再審・えん罪事件全国連絡会』ニュースレターの最新号から紹介します。
●守大助さん(北陵クリニック事件)
“第二次再審請求・仙台地裁で再審開始を勝ち取るため、全国の皆さんのお 力をもう一度お貸しください。私はどの患者さんにも筋弛緩剤を混入していま せん。両親が元気でいるうちに帰りたい。助けてください”
新型コロナウイルスが全国に広がり収束が見えない状況が続いております。 皆さん体調はいかがですか。いつも温かく力強いご支援をいただきありがとう ございます。
4 月の私の誕生日には、お祝い金、誕生日カードが届き、とても 感謝しています。私は 2 月より炊事場・下処理班長となりまして、毎日頑張っ て作業しています。もちろん第二次再審で勝利するために、書類を読み直し確 認作業も続けています。(弁護士の)先生と支援者の方々と第二次のたたかい方 について話し合いもできていますので、どうか安心してください。コロナに負けず戦っています。
私の「自白」というのは「虚偽自白」です。取り調べ刑事による暴力的な言葉が続き、脅迫され、 その時間がとても恐ろしく耐えることができなくなり、「どうせ調べれば分かることだ」という甘い考 えをしてしまい、やってもいないことを認めてしまった。当時の私は父親が警察官だったので、ちゃ んと調べてくれると信じていました今はそれが大間違いだったと反省しています。隠された真実を明 らかにし強制留学を終わらせたいです。
大助さんはいつも、刑務所生活のことを“強制留学”と書いてきます。29歳で逮捕されたのが2001年。無期懲役が確定して千葉刑務所に収監されたのが2008年。すでに“留学”も12年になります。
炊事場の下処理班長に昇進できたこと、コロナに負けず頑張っていることには、少し安心しました。でもやはり、頑張れるにも限界があるでしょう。
来年(2021年)の4月には、大助さんは50歳を迎えます。次の第二次再審で勝つしかありません!!
●勝又拓哉さん(今市事件)
4 月 16 日に(東京拘置所から移送され)川越少年刑務所に来ました。コロナで作業を中止しておりましたが、5 月 14 日から動作の訓練が始まりました。工場では動作の 訓練、大声を出す訓練、体操を覚えたり工場のルールを教えてもらったり。
基本動作はクリア、大声を出すのも一応クリア、喉が痛い日々でした。敬語を使うように言われ、 これが難しい。今まで敬語と思っていたのとは実が違ったりで参りました。日本語ムズカ シイですね。
工場での作業はストラップを作ることでした。橙色なので、多分神社で売 っているやつかな。
6 月 11 日から部屋移動があり、今独居房で紙袋を作る作業をしています。今は移 送待ちの期間なので、移送されるまで紙袋作りと思います。
東京拘置所にいる間はマスクが使えなかったのですが、こちらでは布マスクを 3 枚も らって洗って使っています。ちなみに 5 月 28 日に面会禁止が解除されました。
4 月から 5 月に(拘置所に)来た手紙 250~300 通。こちら(川越)に来てからは 150 通ほどです。その様子 を見た別の受刑者同士の会話を偶然聞いてしまいましたが、「すごい(たくさん)手紙が来ているけど、どこかの 組織の幹部とかですかね?」という話が聞こえてきて笑ってしまいました。
移送先がどこになるのか、気になって仕方がない日々です。
拓哉さんとは、3月東京拘置所で面会しました。
(その時の様子はこちら)
【135】「今市事件」④勝又拓哉さんに面会してきました - Free大助!ノーモア冤罪!
現在は訓練のため川越少年刑務所におり、ここからさらに他の刑務所に移送され、そこで刑に服することになります。一体どこの刑務所になるのか、本当に不安でしょう。慣れない日本語の敬語に奮闘している様子もうかがえます。
拓哉さんも大助さんと同じく、無期懲役。再審に向けて、これから長い闘いを強いられることになります。少しでも早く自由を取り戻すために何ができるか? 支援者として引き続き知恵を絞ります。
◆思い上がりに自戒の念を込めて
まったく話題が変わりますが、昨年の8月に投稿した記事に対して、お叱りのコメントをいただきました。
(こちらの記事です)
【114】8月15日に思ったこと、守大助さん全国集会 - Free大助!ノーモア冤罪!
ちょうど終戦記念日の直後だったので、先の戦争に対して思ったことを書きました。日本人が空襲や特攻で命を落としたのは、ある意味自業自得だと…。
実は私自身も、かなり独善的なことを書いてしまったと思っています。それに対して、こんなレスポンスをいただきました。
その考え方は大変危険です。それは、小泉改革以降の日本に蔓延する自己責任論となんら変わりません。戦時中は売国奴、アカ。戦後は反動、ファシストといった言葉が飛び交いました。それらの発言をした人は自らを正義だと信じていたことでしょう。
司法への批判自体は必要でしょう。しかし、あなたは今の日本の検察や裁判所それ自体を絶対悪とみなし、自らの活動を絶対的正義だと思っていませんか?
まったくご指摘の通りで、ただ反省する他ありません。
とくに “検察や裁判所それ自体を絶対悪とみなし、自らの活動を絶対的正義だと思っていませんか?” という問いは、厳粛に受け止めます。
実際に冤罪の支援活動をしていると、日本の司法には怒りを感じてばかりです。そして“許せない!”という感情がたかぶるあまり、自分の活動こそが正義だと思い上がってしまうたことも、正直言ってあります。
しかしこれは危険なこと。それこそ冤罪を生む警察や検察、裁判所と一緒になってしまいます。“正義の押し売り”だけは絶対にしないよう、より一層の自覚を持って活動にのぞみたいと思います。
◆正義の正体とは? 市川森一さんのメッセージ
“正義”という言葉の危うさについて考えるとき、私は脚本家・市川森一さん(1941年〜2011年)のエピソードを思い出します。冤罪支援とは直接関係ありませんが、自戒の意を込めて紹介します。
市川さんはNHK大河ドラマなどで知られていますが、キャリアのスタートは子ども番組でした。
デビュー作の『快獣ブースカ』(1966年)を皮切りに『ウルトラセブン』、『帰ってきたウルトラマン』、『シルバー仮面』、『ウルトラマンA(エース)』(1972年)と執筆を続けました。
『ウルトラマンA』は全52話。クリスチャンである市川さんの考えが色濃く出た作品と、ファンに評価されている。
さらに市川さんは、ウルトラマンと双璧をなす人気変身ヒーローとなる『仮面ライダー』(1971年)の企画会議にも参加。そこでこんな提案をしたといいます。
「正義のために戦うなんて言うのは止めましょう。ナチスだって正義を謳ったんだから、正義って奴は判らない。悪者とは、どんなお題目を掲げていても人間の自由を奪う奴が悪者です。仮面ライダーは、我々人間の自由を奪う敵に対し人間の自由を守るために戦うのです」
(『仮面ライダー名人列伝』平山亨・著/139ページより)
当時のプロデューサーが、仮面ライダーの誕生秘話を綴った1冊。
この市川さんの提案から、オープニング主題歌の最後にかかる、あの有名なナレーションが誕生したといいます。
仮面ライダー本郷猛(ほんごうたけし)は改造人間である。彼を改造したショッカーは世界制覇を企む悪の秘密結社である。仮面ライダーは人間の自由のためにショッカーと戦うのだ!
なぜ “正義のため” ではなく “自由のため” というちょっと凝った表現になったのか? その裏には、深い理由があったのですね。
実は「守大助さん東京の会」の母体となる人権団体・日本国民救援会も、よく自由という言葉を使います。
私もウルトラマンや仮面ライダーで育った世代。今こそ市川さんの言葉を胸に刻み、そこに込められたスピリットを正しく活動に活かさなければと思います。
『仮面ライダー』は1971年4月に放送がスタートし73年2月まで全98話、2年近く続く人気番組となった。市川森一さんは1本のみ脚本を担当し、ウルトラシリーズに戻る。俳優・藤岡弘、の出世作としても有名。
【154】いよいよ本日23:00まで!!「大崎事件」クラウドファンディングにご協力ください!!
◆またまた寸前の告知ですが、よろしくお願いいたします
以前このブログで紹介した「大崎事件」第4次再審に向けたクラウドファンディング。
いよいよ本日が受付最終日となりました。23:00までになります。
すでに午後3時現在、目標の1000万円を上回る1152万円が集まっています!!
でも終了まで、まだ時間は残されています。
下記リンクからアクセスの上、ぜひご協力をお願いいたします!!
- 新規登録またはログインが必要ですが、やってみるとそれほど面倒ではありません。
- Facebookのアカウントでもログインできます。
- 銀行振込またはクレジットカードを利用できます。
- 金額は3000円から各種用意されています。
↓こちらからお願いいたします↓
本プロジェクトを立ち上げた映画監督・周防正行さんの想い、事件の概要などについては、こちらに書きました。
にしても、冤罪支援でこれだけの金額が集まったことに、本当に勇気づけられます。私が支援している、守大助さんの「北陵クリニック事件」も、第2次再審請求を目指しています。
実際に再審請求が申し立てられたら「大崎事件」の取り組みを見習い、改めて何らかのプロジェクトを立ち上げたいと思います。引き続き、よろしくお願いいたします!!
【153】寸前ですが「湖東記念病院事件」ライブ配信のご案内
もうあと1時間弱で始まりますが、YouTubeのウェブセミナーのご案内です。
テーマは当ブログでも何度か紹介し、1日最大2000以上のアクセスをいただいた「湖東記念病院事件」です。
ぜひご覧ください!!
●再審法改正をめざす市民の会(RAIN)第一回Webセミナー
- テーマ【湖東記念病院事件から学ぶべきもの】
- 講師:井戸謙一弁護士(湖東記念病院事件再審 主任弁護人)
- 聞き手:鴨志田裕美弁護士(大崎事件再審弁護団事務局長)
- 配信時刻:6月13日(土)午後2時開始(午後3時すぎまでの予
定)
下記いずれかのYouTubeのURLにアクセスするか、YouTubeで「再審法改正をめざす市民の会」を検索してご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=j7QBzwfwfDk
【152】「飯塚事件」(後編)処刑の責任者が検察トップに出世
◆法務官僚は何を考えて死刑執行を決めたのか?
私が「飯塚事件」を知ったのは、2009年のことでした。
『週刊朝日』(もしかすると『サンデー毎日』だったかも)で、“足利事件と同じDNA鑑定で犯人とされ、冤罪の疑いが強いにもかかわらず、死刑が執行されてしまった”という記事を読んで、ものすごい衝撃を受けました。
翌2010年にはアムネスティ・インターナショナル主催の学習会に出かけて、はじめて徳田靖之弁護士の講演を聴きました。
これ以来、前回紹介したものも含めて徳田弁護士のお話を4〜5回聴きましたが、この1回目の印象は強烈でした。
まだ死刑執行から2年しか経っておらず、前年に再審請求を申し立てたばかりという状況の中、言葉を絞り出すように語る様子に胸が潰されそうになりました。
とくに、こんな一言が耳に残りました。
“久間さんの死刑執行を決めた法務官僚は、何を意図していたのか?”
10年前のことなので、徳田弁護士が正確に何と言われたか自信ありませんが、 “ホウムカンリョウ” という言葉だけはアタマを離れませんでした。
◆現役の検事総長も、死刑執行に関わっていた!!
では無実の可能性が高い久間三千年(くまみちとし)さんを殺した法務官僚とは、どんな人たちなのか?
これについてはライターの片岡健さんが綿密な取材を行い『絶望の牢獄から無実を叫ぶ』(鹿砦社 2016年)という本にまとめています。この本には、無実を切実に訴える久間三千年さんの手記も掲載。「飯塚事件」を理解するには必読の1冊です!!
本には「飯塚事件」の捜査に関わった警察官、起訴した検察官、死刑判決を下した裁判官に直接取材を試みたことも書かれています。しかしほとんどが“ノーコメント、取材お断り”という結果でした。このことが逆に、事件が冤罪である事実を浮かび上がらせているように思えて、読んでいて背筋が寒くなります。
さらに情報公開請求により、死刑執行の決裁文書を取り寄せています。そこから決裁に関わった法務官僚の名前が明らかになりました。
本から一部を引用してみます。※漢字→算用数字にするなど、原文に一部手を加えています。
2008年10月24日、(法務省)刑事局総務課名義で「死刑執行について」と題する文書が起案され、この日のうちに決済されています。
文書は久間さんの姓名や生年月日、裁判で認定された犯罪事実以外の部分がほとんど黒塗りされていましたが、表紙にはこの文書を決済した法務省幹部6人(尾崎道明矯正局長、大場亮太郎矯正局総務課長、富山聡矯正局成人矯正課長、坂井文雄保護局長、柿澤正夫保護局総務課長、大矢裕保護局総務課恩赦管理官)の押印が確認できました。
また、この日のうちに、「死刑事件審査結果(執行担当)」という文書に森英介法務大臣と佐藤剛男(たつお)法務副大臣の二人がサインし、法務省幹部5人(小津博司事務次官、稲田伸夫官房長、中川清明秘書課長、大野恒太郎刑事局長、甲斐行夫刑事局総務課長)が押印しています。
つまり、判明した限りでも森法務大臣と佐藤法務副大臣に加え、計11人の法務省幹部が久間さんに対する死刑執行が相当だという決裁をしたわけです。そして決裁後、この日のうちに以下の死刑執行命令書が作成されています。(28ページより)
私は後半に登場した5人の名前を見て「エッ!?」と思いました。
うち赤字にした3人は、後に「検事総長」つまり…検察組織のトップに出世していたのです。まず稲田伸夫さんは、現役の刑事総長。
昨今の「検察庁法改正案」問題では、安倍政権に対峙する “検察の顔” として目にする機会も増え、ヒーローに祭り上げられている感もあります。「飯塚事件」の真相を問いただす、気概のある記者さんはいないのでしょうか?
他の4人の「その後」は、下記のとおりです。
- 小津博司:検事総長(2012年7月〜14年7月)。退官後は弁護士登録、トヨタ自動車、三井物産、資生堂の監査役など
- 中川清明:公安調査庁長官などを経て、この5月より名古屋高検検事長
- 大野恒太郎:検事総長(2014年7月〜16年9月)。退官後は弁護士登録、イオン取締役、小松製作所、伊藤忠商事の監査役など
- 甲斐行夫:東京地検検事正などを経て、2019年8月より高松高検検事長
無実の可能性が高い久間さんの死刑執行を決めた法務省幹部のうち、3人が検事総長に登り詰め、残り2人も高検のトップという出席コースへ。
そして退官後は、名だたる大企業に天下り。そこでは当然、巨額の報酬を得ているに違いありません。
(記事は写真の下に続きます)
法務大臣以下、法務官僚たちの押印がされた決裁文書。『絶望の牢獄から無実を叫ぶ』246ページより。
稲田伸夫検事総長。検察庁HPより。経歴中にある「法務省大臣官房長」の時に、久間さんの死刑執行を決裁した。
検事総長から、世界最大の自動車メーカの監査役に天下った小津博司さん。トヨタ自動車HPより。
同じく、検事総長から伊藤忠商事に天下った大野恒太郎さん。伊藤忠HPより。
◆“無実の処刑”を、墓場まで持って行かせてたまるか!?
『絶望の牢獄から無実を叫ぶ』より、小津博司さん、大野恒太郎さんの2人に取材を試みたヵ所を抜粋して紹介します。
小津氏に手紙で取材を申し入れたところ、次のような返事の手紙が届きました。
〈前略
6月16日付のお手紙拝受いたしました。小生に対する取材のお申し込みですが、退官後、このような取材は全くお受けしておりません。この度のお申し出もお受けすることはできませんので、悪しからずご了解いただき、今後の連絡もお控えいただきますよう、お願いいたします。要件のみにて失礼いたします。 早々〉
言葉は丁寧ですが、強い拒絶の意思が感じ取れました。(31ページより)
この取材を申し入れた当時、大野さんは現役の検事総長でした。
大野氏に手紙で取材を申し入れたところ、最高検企画調整課の検察事務官から電話がかかってきました。
「今回の取材申し入れに関しては、大変恐縮なんですが、お断りさせて頂きたいということです」
いかなる理由で取材を断るのか尋ねると、「とくに賜っておりません」とのことでした。取材を断られたのは予想通りでしたが、大野氏はもちろん、周辺の検察職員たちも飯塚事件関係の取材にはナーバスになっている雰囲気がうかがえました。(31〜32ページより)
以上です。どうでしょうか?
彼らはどうやら、取り返しのつかないことをしてしまったという自覚だけは持っているようですが、真相は墓場まで持っていくつもりでしょう。
法務省や検察の考える“正義”や“公益”とは、いったい何なのでしょうか? 無実の可能性が高い人間の処刑を指揮した人間が組織のトップに上り詰め、退官後は大企業に迎え入れられる。
この現実を、1人でも多くの方に知っていただきたいと思います。
こうした「飯塚事件」のダークサイドに光を当てるには、一にも二にも再審を実現させること。しかし裁判所は国家のメンツを守ろうと、なかなか再審開始決定を出さないでしょう。もし再審を認めれば、国家権力が無実の人間を殺したことを認めることになりますから…。
「飯塚事件」の再審請求は福岡地裁、福岡高裁で退けられ、現在は最高裁で審理されています。考えたくありませんが、三行半でアッサリと棄却される恐れもあります。
しかしこのまま放置しておいて良いのでしょうか?
処刑を指揮した法務官僚たちの目の黒いうちに、何としても真相を明らかにしなければなりません。そのためには私たちが関心を持って、世論を広げることが大きなカギになります。
そして久間さんの雪冤に心血を注ぐ弁護団の皆さん、遺志を受け継いで再審を闘うご遺族には、心から敬意を表します。
ある著名な冤罪事件を手がけている弁護士さんは、こう話していました。
「今、自分が担当している事件が終わったら、飯塚事件の弁護団入りを志願したい」
プライベートなお酒の席での発言なので、この弁護士さんの名前は明かせませんが、関心は着実に広がっています。
当ブログは守大助さんの「北陵クリニック事件」の情報発信を目的に立ち上げましたが、引き続き「飯塚事件」についても書いていきます。よろしくお願いいたします。
また、片岡健さんは昨年も取材をしており、5回にわたってまとめています。2回目には稲田検事総長も登場しています。記事のリンクを張っておきます。