Free大助!ノーモア冤罪!

「北陵クリニック事件・無実の守大助さんを守る東京の会」事務局長の備忘録〜素人の素朴な目線から冤罪を考える〜

【103】沈黙の最高裁〜「大崎事件」弁護団激励行動に参加して〜

■事件から40年、92歳になる原口アヤ子さんの命あるうちに再審無罪を!!

現在、最高裁判所最高裁)では「日本国民救援会」が支援する5つの冤罪事件が、無罪獲得を目指して闘っています。

  • 守大助さんの「北陵クリニック事件」(再審)
  • 原口アヤ子さんの「大崎事件」(再審)
  • 袴田巖さんの「袴田事件」(再審)
  • 西山美香さんの「湖東記念病院事件」(再審)
  • 勝又拓也さんの「今市事件」(通常審)

※救援会が関わっていない「飯塚事件」や「恵庭OL事件」なども含めると、さらに多くの冤罪事件が最高裁に係属している。

昨日(3月15日)は「大崎事件」の弁護団が一刻も早い再審開始を要請するため、鹿児島から上京。最高裁前には支援者が集まり、要請に入る弁護団を激励しました。冤罪を闘うには、当事者・弁護団・支援者のチームワークが重要なカギになります。弁護団を励ますことも、大切な活動なのです。

「大崎事件」はこれまで2度の再審請求が棄却され、3度目にしてようやく再審開始への展望が開けてきました。昨年3月、福岡高裁は異例の早さで再審開始を決定。しかし検察が特別抗告したため、審理が最高裁へ移って1年が経とうとしています。

まさにもう一歩…という状況の中、最高裁は検察の抗告を退けて速やかに再審開始決定を出すべきなのに、ひたすら沈黙を守り続けています。

今年で事件発生から40年、原口アヤ子さんは一貫して無実を訴え続けて間もなく92歳に。現在は体調を崩し、施設で命を削りながら再審無罪を待ち望んでいます。まさに時間との闘い。“命あるうちに” という想いを直接伝えるべく、弁護団が緊急要請書をたずさえ、鹿児島からやって来たのです。

 森雅美・弁護団長が要請に先立ち、最高裁前で原口アヤ子さんの一刻も早い再審開始を訴える。垂れ幕を持つのが集まった支援者。

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 ■“ひとりの人として”裁判官に向き合ってほしい

要請終了後の記者会見で、弁護団の鴨志田祐美・事務局長はこのように訴えました。

「裁判体としてでなく、裁判官1人ひとりに“人として”この事件に向き合ってほしい。そういう想いで要請書を提出しました」

そのため要請書の宛名は単に「最高裁判所第一小法廷」とするのでなく、5人の裁判官と1人の調査官の名前も添えたといいます。

 しかし鹿児島からはるばる足を運んだ弁護団に対する最高裁の対応は、そっけないものでした。受付で事務職員が事件番号を確認し、要請書を受け取っただけだったそうです。最高裁が何を考えているのかは、完全にブラックボックスのまま…。私もまったく同じことを感じており、以前書きました。

【83】最高裁は誰のために…? - Free大助!ノーモア冤罪!

こんな最高裁、何とかして変えなければなりません。それが民主主義国家に生きる私たちの責任ですから。

5人の裁判官と1人の調査官の名前が添えられた緊急要請書。A4サイズ1枚の簡潔な書面だが、この重要さを最高裁はどこまで理解するのか。

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記者会見での鴨志田祐美・弁護団事務局長。右は森雅美・弁護団長、左は映画監督の周防正行さん。周防さんは大崎事件を支援しており「もうこれ以上、裁判所に絶望させないでほしい」と語った。

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 ■そもそも「大崎事件」って?「北陵クリニック事件」との共通点

ここからは大崎事件の概要とこれまでの経過について、書いてみたいと思います。

よく東京ではJR山手線の「大崎」と間違えられますが、事件があったのは鹿児島・大隅半島の大崎町です。

1979年10月15日、住宅横の牛小屋から男性の遺体が発見されました。男性は亡くなる寸前、酒に酔ったまま自転車に乗って農道の側溝に転落。起き上がることができず、近隣の住人によって自宅に運ばれていました。

男性は自転車で転倒した際の打ち所が悪くて亡くなった可能性が高いのですが、捜査を行った志布志警察署はそうは受け取りませんでした。 男性の義姉の原口アヤ子さんが日頃から酒癖の悪い男性への恨みを募らせ、3人の親族に命じて殺害を実行した…というストーリーをデッチ上げて逮捕します。

守大助さんの「北陵クリニック事件」にソックリです。大助さんの事件も、病気や抗生物質による急変を “筋弛緩剤による連続殺人” と、宮城県警が思い込んだのがはじまりでした。単なる事故が捜査機関の思い込みによって事件にされてしまうのは、冤罪の典型的なパターンです。

知的障害のあった3人の親族は、強引な取調べに屈して警察が考えるストーリー通りに自白。アヤ子さんだけが一貫して無実を訴え続けます。この事件、アヤ子さんらが共謀して犯行を行ったことを示す証拠は、何一つありません。あるのは脅迫的な取調べで得られた、3人の自白だけ。

しかし裁判で懲役10年が確定し、アヤ子さんは麓刑務所(佐賀県)へ。刑務所では “罪を認めて反省の意思を示せば仮出所できる” という誘いもありました。しかしアヤ子さんは “あたいはやっちょらん!!” と、断固として拒否。10年の刑期を満期でつとめあげ、出所後に再審請求を行います。

■これまでに3度もの再審開始決定

〈第1次再審請求〉

  • 1995年4月 原口アヤ子さんが再審請求
  • 2002年3月 鹿児島地裁、再審開始決定→しかし検察が即時抗告(怒)
  • 2004年12月 福岡高裁宮崎支部、検察の即時抗告を受け再審開始決定を取消
  • 2006年1月 最高裁も取消を支持、再審開始ならず

〈第2次再審請求〉

〈第3次再審請求〉

  • 2015年7月 第3次再審請求
  • 2017年6月 鹿児島地裁、再審開始決定→しかし検察が即時抗告(怒)
  • 2018年3月 福岡高裁宮崎支部検察の即時抗告を退け再審開始決定
  • 2018年3月 しかし検察は特別抗告(怒)、審理は最高裁判所
  • 2019年3月 最高裁は沈黙を守ったまま

 第1次再審請求では、遺体の傷が自白で得られた殺害方法と矛盾するという法医学鑑定を提出。一度は再審開始決定が出たものの、検察の抗告によって取り消されてしまいます。

第2次再審請求では、検察が「ない」と隠していた初期捜査段階の証拠など200点以上が開示。3人の親族の自白が、強引な取調べによって得られたことが一層明らかに。しかし再審請求は棄却されます。

第3次再審請求では、検察が「未開示証拠はもう存在しない」と言い張っていた証拠の存在が判明。3人の親族の自白は強要されたウソであるという心理学鑑定も提出。地裁、高裁とも再審開始決定を出しますが、検察の抗告によって引き延ばされ、現在に至っています。

どうでしょうか?裁判所はこれまで、3回も再審開始決定を出しているのです。こんな事件、他にはなかなかありません。

本来であれば2002年3月の段階で、速やかに再審無罪が確定しているべきでした。そうなればアヤ子さんは、92歳になろうとする現在まで苦しまなかったハズ。このブログで何度も書いてきましたが、検察の抗告を許す現行の「刑事訴訟法」は今すぐ改正すべきです。

検察庁法」の第四条は検察官の役割について、このように規定しています。

第四条 検察官は、刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、且つ、裁判の執行を監督し、又、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、又は意見を述べ、又、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う。

大崎事件に限らず他の冤罪事件でもそうですが、検察が行っていることは “公益の代表者” を自ら放棄した蛮行に他なりません。この人たちのアタマの中には、“一度起訴して有罪にしたものを覆すなど許せない” という、自分たちのメンツを守ることしかないのでしょう。

■こんな司法、絶対に変えよう

大崎町、私は一度も行ったことがありませんが、鹿児島市内からバスとフェリーを乗り継いで3時間かかるそうです。東京まで飛行機で来るよりも、時間がかかるわけです。アヤ子さんはまだ元気だった第一次再審請求審の時、この遠い道のりを最高裁まで通って “あたいはやっちょらん” と訴えたといいます。

日本の警察、検察、裁判所は、一体何を守ろうとしているのでしょうか? こんな状況、何としても変えなければと思います。

 91歳の原口アヤ子さん。事件から40年、一貫して無実を訴え続けている。『NNNドキュメント』(2018年2月18日放送)より。

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【102】片岡健さんの新刊『平成監獄面会記』を読んで

とにかく会ってみる&行ってみる” 

今回は、おすすめの新刊本を紹介します。

タイトルは『平成監獄面会記』(笠倉出版社)。著者の片岡健さんは、冤罪を含むさまざまな事件を取材しているフリーライター。本著では死刑を宣告された8人との面会を通して、報道では見えなかった彼等の素顔に迫っています。

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 8人の中には「津久井やまゆり園」で19人の入所者を殺害した植松聖被告、鳥取連続不審死事件の上田美由紀死刑囚など、誰もが知るような事件の当事者も含まれています。

 本著の執筆に際し、改めて数えてみたところ、これまでに会った殺人犯は全部で39人だった(まだ裁判で有罪が確定していない者や冤罪の疑いがある者も含む)。刑務官や警察官、検察官、弁護士など一部の専門職(?)の人たちを除けば、これだけの人数の殺人犯に会ったことがある人間は、おそらく、日本にあまりいないだろう。(まえがき より)

という片岡さん。実際に会ってみなければわからないことがたくさんあるので、拘置所に通い続けるといいます。

取材を重ねる中、常々感じるのは、報道のイメージ通りだと思える犯人が1人もいないということだ。報道では、絵に描いたような凶悪殺人犯という印象だった人物でも、面会してみると、たいていは普通の人である。むしろ、普通より弱々しい人物も珍しくない。報道では、身勝手極まりない印象だった殺人犯が実際は礼儀正しかったり、腰が低かったりするというのもよくあることだ。(まえがき より)

私は守大助さん以外に面会の経験がないので断定できませんが、本当にこの通りかもしれません。とくに逮捕当初は、犯人(容疑者)の凶悪さを強調した報道が洪水のようになされます。そのネタ元のほとんどが、捜査機関のリークです。凶悪犯を捕まえたことをアピールしたい警察、厳罰を課したい検察、そのPR役を担うマスメディア。この3者によって作られた、実際とは異なる犯人像を私たちは見せられているのです。

“でも人を殺したんだから、悪い奴であることに変わりないだろう” という反論のある方は、ぜひこの本を読んでください。

ネタバレになるので内容の詳説は避けますが、私は読んでみて「本当に誰でも、ちょっとしたボタンのかけちがいで人を殺してしまう可能性がある」という感想を持ちました。もちろん殺人を肯定しているわけではありません。でも偏った正義感であったり、思い込みであったり、焦燥感であったり絶望感であったり…誰もが殺人犯になるスイッチは、意外に身近に存在しているのではないかと感じます。

そして感銘を受けたのは、片岡さんの取材姿勢。報道を鵜呑みにするのでなく、まずは当事者に会いに行く。事件が起きた現場に行ってみる。裁判記録にも目を通す。とにかく “自分の足で確かめる” という姿勢を貫いています。

面会してみたいと思う殺人犯がいた時、私が最初にするのは、取材依頼の手紙を書くことだ。(中略)では、手紙はどこい出せばいいのか。警察に逮捕された殺人犯は通常、最初はそのまましばらく警察署で拘留される。そして起訴されると、しばらくしてから刑務所や拘置所に移される。つまり、手紙を出す場所は、警察署か刑務所、拘置所のいずれかということになる。(中略)手紙を出してみて、本人から返事の手紙が届けば、あとは簡単だ。「面会してもいい」という返事なら会いに行けばいい。(殺人犯たちと面会するにはどうすればいいのか より)

片岡さんは何か特殊なネットワークを使ったワケではなく、手紙を出すという、ある意味誰でもできる手順を踏んだに過ぎません。ただそれを「やる」か「やらない」かは、ものスゴく大きな違いだと思います。

もし新聞記者が捜査機関のリークだけで記事を書くのを止めて、容疑者の言い分も聴いて現場に足を運べば “これはオカしい” と気づくことがたくさんあるでしょう。自分の足で稼いだ情報をもとに冷静な報道をしてくれれば、冤罪だって減るでしょう。守大助さんの逮捕当初も、メディアは本来の仕事をちゃんとして欲しかったと思います。

こちらは片岡さんの既刊。テーマは「冤罪死刑囚」。本ブログでも紹介した「飯塚事件」では、死刑執行にかかわった法務官僚らへの取材も行うなど、相手が国家権力でも「当事者に当たる」スタンスを貫いている。

 

 袴田巖さんも!「逮捕後のニコニコは無実の証

本著では8人との面会を紹介していますが、表紙では「7人と1人」と表記しています。「1人」は冤罪の可能性が極めて高く、他の7人と区別しているからです(ネタバレごめんなさい)

その1人とは「横浜・深谷親族殺害事件」の新井竜太さん。共犯とされた従兄弟に全ての責任を押し付けられ、無実を訴えたまま死刑が確定してしまいました。ちなみにウソを重ねて新井さんに責任を押し付けた従兄弟は、無期懲役になりました。

逮捕直後、警察のクルマに乗せられた新井さんがニコニコと笑みを浮かべている写真が配信されました。

私にはそれが「余裕の笑み」のように見え、心に引っかかったのだ。(中略)冤罪で逮捕された人物は最初のうち、「証拠などないのだから、すぐに疑いは晴れるだろう」などと、自分の未来を楽観視している場合が少なくない。(中略)ひょっとして新井もそのパターンではないか……私はふとそんなことを考えたのだ。

と、片岡さんは取材を始めたきっかけを綴っています。面会で真意を聞かれた新井さんも、このように答えています。

「そうですね。裁判で無罪判決が出ると思っていましたから、僕を逮捕した警察や検察が恥をかくと思い、笑っていたんです。」

これを読んで、袴田巖さんと一緒じゃないか!と思いました。今でこそ “無実の死刑囚” と好意的な報道が多いのですが、逮捕当初の犯人視報道は本当に醜いものでした。

逮捕を報じた1966年8月18日の「毎日新聞」(夕刊)では、警察のクルマの後部座席でニッコリ微笑む袴田さんの写真が大きく紹介されています。

左上にボクサーの記事が出ていますが、無関係です。ボクシング漫画の金字塔『あしたのジョー』が世に出るのは2年後。まだイメージの悪かった“ボクサー崩れ”への偏見も、袴田さんの犯人視を後押ししたのだろう。

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人を殺した上に “不敵なうす笑い” を浮かべる狂気の殺人者というトーンで報道されていますが、これはクルマの窓の外に顔見知りになった記者の姿を見つけて、ホッとしてニコニコしというのが真相のようです。 

実は警察は早い段階から「従業員Hがアヤシい」として、袴田さん逮捕の可能性をリークしていました。これを受けた記者が逮捕前に袴田さんに接触し、取材をしていました。

逮捕翌日8月19日の「毎日新聞」は、その時の様子を一問一答で紹介。袴田さんは「自分は元・ボクサーなのだから(凶器とされた)小刀は使いません。バーンとアゴをなぐれば起き上がれませんから」など、自分の無実を切々と訴えています。しかし記事は“自分の罪を認めず言い訳をするケシカラン奴”というトーンで報じています。

この時の袴田さんは、まさかその後48年にわたって自由が奪われるなどとは、夢にも思っていなかったでしょう。そして新聞記者のことは、自分の無実を公平に伝えてくれる味方と思っていたのでしょう。“不敵なうす笑い” は、無実の何よりの証拠なのです。

また「袴田はウソつきだ。“フィリピンに行った” などとウソを言っている」と、警察のリークをそのまま報じた記事もあります。袴田さんが現役時代の1961年にフィリピン遠征していることは、裏を取ればスグわかることであるにもかかわらず…。

毎日新聞」は袴田さん逮捕に多くの誌面をさき、センセーショナルな犯人視報道を繰り広げました。守大助さん逮捕当初の「朝日新聞」と同じです。マスコミは50年前も現在も、同じ愚行を繰り返しているのです。

というわけで思ったコトを取りとめもなく書いてきましたが、とにかく報道を鵜呑みにせず、当事者に会ったり現場に行くことの大切さを改めて痛感させられました。本ブログでも守大助さんの面会に足を運んだり事件の現場を歩いて、真実を伝えるよう努力したいと思います。

 死刑や冤罪に関心のある方にも、ない方にも広く読んでいただきたい。1380円+税。

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【101】「乳腺外科医えん罪事件」やはり検察は控訴(怒)

■「逆転有罪」は絶対に阻止、「無罪」を死守だ!!

前回紹介した「乳腺外科医冤罪事件」の無罪判決。やはり検察(東京地検)は控訴してきました。これを受け、東京高裁で審理が続けられることになります。この事件、検察は「懲役3年」を求刑しています。もし無罪が取り消され「逆転有罪」になれば、無実の人間が刑務所に送られることになりかねません。

私たちは何としても「無罪判決」を死守しなければならないのです。

今回の無罪判決は、警察・科捜研の不正行為を断罪した画期的なものでした。科捜研による鑑定資料の破棄や全量消費、データの改ざんは、多くの冤罪を生み出す温床になってきました。こうした不正行為が強く疑われるケースでも、裁判所は完全にスルーして有罪判決を下してきたのです。守大助さんの「北陵クリニック事件」しかり、久間三千年(くまみちとし)さんの「飯塚事件」しかり…。詳しくは前回に書いた通りです。

なので科捜研のデタラメ鑑定によって有罪にされた多くの冤罪事件の再審を実現させるためにも、今回の無罪判決を良き判例(モデルケース)として、確定させなければならないのです。逆にもし有罪になってしまったら、警察はこれまでどおりデッチ上げをやりたい放題となるでしょう。

この事件、幸いにして「民医連」(全日本民主医療機関連合会)などの医療団体が支援をしています。3月4日の時点で、検察に対して「控訴を断念するように求める要請書」は団体署名485団体、個人署名246名分が集まりました。「守大助さん東京の会」も署名しました。

要請書は支援者らが東京地検に持参し、1階ロビーのベンチで事務官が受け取ったとのこと。ただし支援者4人のうち入るのが許されたのは1人だけだったそう。すでに控訴を決めていたのでしょう。

■やはりマスコミでなく「マスゴミ」と呼ばせてほしい

今回の検察(東京地検)による控訴、「Yahooニュース」をチェックすると「朝日」「読売」「産経」が報じています。しかしいずれの記事も、検察が何故控訴したのか?という理由が1行も書かれていません。

本来なら東京地検の幹部を直撃し、控訴を厳しく問いただすのがマスコミの役目じゃないでしょうか?新聞記者は検察が怖いんでしょうか?記者クラブでお世話になっているから追求できないんでしょうか?

ご存知のとおり検察は「袴田事件」の袴田巖さんも「拘置所に再収監せよ」と主張しています。こちらは東京地検でなく最高検察庁。つまり日本の検察組織のトップ自らが、無実が明らかな人間を「死刑台に連れ戻せ!」と平然と言い放っているのです。しかし検事総長以下、最高検の幹部を追求するマスコミは見たことがありません。

昨今は「新聞記者は国民の代表か?」という議論もあるみたいですが、私はこんな人たちを代表と認めるつもりはありません。

 ■検察も「息をするようにウソをつく」

というわけで、せめて東京地検の検事正・甲斐行夫さんの写真とプロフィールを下に貼付けておきます。同地検のHPからのスクリーンショットです。読んでいただけば分かるとおり、口では凄いことを言っています。

「厳正公平、不偏不党を旨とし、基本に忠実な捜査・公判を行って…」だそうです。

難しい語句を使っていますが、自分で意味を分かっているのでしょうか?

ついでに最高検検事総長のページもリンクを貼っておきます。さらにスゴい決意を述べています。

検事総長の紹介:検察庁

 今、我が国の首相が「息をするようにウソをつく」と揶揄されていますが、検察も負けてはいませんね。

ハナシを今回の「乳腺外科医冤罪事件」に戻します。東京地検の控訴を受けて、被害を訴える女性の代理人弁護士が「控訴審の裁判官が適切な判断をし、有罪判決が下されると信じている」と、女性のコメントを読み上げたそうです。女性は手術後の幻覚で、本当にワイセツ行為をされたと思い込んでいるのだから、仕方ありません。

問題は代理人弁護士です。この弁護士、2月20日の無罪判決が出た直後に記者会見を行い「無罪判決に、大変驚いている」とコメントしていました。

私は、こんなことを平然と言う弁護士がいることに「大変驚いて」います。この人は科捜研のデタラメを容認するつもりなのでしょうか? いくら依頼人の権利を代弁するとは言え、弁護士本来の使命を大きく逸脱していると思います。

この直後、ある冤罪事件の再審弁護団の事務局長を務めている女性弁護士から、こんなツイートがありました。

“無罪判決が出たとき、「被害者」が糾弾すべき相手は無罪となった被告人ではなく、杜撰な捜査をし、手続的正義を無視した証拠を提出した警察・検察(国)である。被害者代理人弁護士は、それを被害者に説明しなければ、真の意味で被害者に寄り添う専門家とは言えないのではないか。”

この弁護士さんは「大崎事件」の鴨志田祐美弁護士。本当にその通りだと思います。弁護士さんと言っても冤罪に理解のある人、ない人、いろいろいるものですね。

 

東京地検・甲斐行夫検事正の経歴。検察のトップに上り詰めるのは「法務省刑事局」出身者が多い。法務省が実質的に検察に支配されていると言われる所以だ。

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【100】乳腺外科医の無罪判決と「北陵クリニック」「飯塚事件」

■科捜研によるDNA資料の破棄を断罪

2月20日東京地裁は「乳腺外科医師事件」の無罪判決を言い渡しました。この事件、「守大助さん東京の会」の母体である人権団体「日本国民救援会東京都本部」が早くから支援をしてきました。私は一度も裁判傍聴や支援集会に行かれなかったのですが、本当に良かった!!と思います。

無罪判決を受けて多くの報道がなされました。江川紹子さんをはじめジャーナリストや法律関係者もいろいろな視点から記事を書いており、改めて事件への注目度の高さを感じました。

事件の概要や裁判の経過はこれらの記事に譲って、私が思ったことを書いてみます。

今回の無罪判決が画期的なのは、警察の科捜研による不正行為をハッキリ指摘し、断罪したこと。

  • 鑑定の数値を記入したワークシートが鉛筆書きで、消しゴムで消して書き直した跡がある。(医師を有罪にするために都合良く書き換えた?)
  • 重要な証拠であるハズの、DNA抽出液を年末の大掃除で破棄した。(再鑑定を不可能にした)

この2つについて、判決文は以下のように指摘しています。 

  • 鉛筆書きワークシート→刑事裁判の基礎資料の作成方法としてふさわしくない
  • DNA抽出液の破棄→非難されるべき行為

とした上で「検査者としての誠実性に疑念がある」と断罪しています。裁判所が科捜研に対して、ここまで厳しい見解を示すのは珍しいと思います。

“これじゃあ当然無罪になるよね” という声も多く聴きますが、そうは行かないのが日本の刑事裁判。いろいろな冤罪事件を見ると “当然” が通用しなかったケースも多いんです。今回のようなマトモは判決は、少数派と思えるほどです。

とくに鑑定資料(今回の場合はDNA抽出液)を破棄したり、全量消費して残さないのは重大なルール違反です。警察の犯罪捜査規範でも資料は残しておくよう規定されています。アタリマエですよね。資料は重要な証拠になるわけですし、冤罪かどうかが争われる場合は弁護側に再鑑定の機会を与えて、科学的な公平性を以て判断するのが鉄則ですから。でもこの “科学的な公平性” が平然と破られるのが、日本の刑事裁判なのです。

■全量消費その1「北陵クリニック事件」の場合

このブログで何度も書いてきましたが、守大助さんの北陵クリニック事件でも鑑定資料が全量消費されています。鑑定では “5人の患者さんの尿、血液、点滴液から筋弛緩剤の成分が検出された” ことになっています。しかし資料によっては何百回・何千回と鑑定できる量だったにもかかわらず、全量消費してしまったというのです。

鑑定を行っていれば当然あるハズのデータや鑑定ノートも、一切提出されていません。これではそもそも、本当に鑑定を行ったのかさえアヤシいと言わざるを得ません。

宮城県警は2001年1月6日、ほとんど裏付け捜査を行わずに大助さんを逮捕しました。マスメディアも裏付け取材を行わず、警察発表を垂れ流して大助さんを “恐怖の点滴魔” に仕立て上げました。

詳しい経緯はこちらで書きました。

【85】守大助さんの父・勝男さんの訴え - Free大助!ノーモア冤罪!

こうなったらもう後戻りできません。警察としては自分たちのメンツを守るために、何としても大助さんを犯人に仕立て上げる必要があったのです。そのために無理矢理鑑定をねつ造した…。これが真相じゃないかと、私は考えています。

少し調べれば鑑定がアヤシいことぐらい、誰だってわかるハズ。にもかかわらず裁判所は事実調べを頑に拒み、大助さんの再審を求める声を門前払いし続けています。

■全量消費その2「飯塚事件」の場合

こちらの事件も、このブログで何度か紹介してきました。1992年に福岡県で2人の女の子が誘拐・殺害されました。そして犯人とされた久間三千年(くまみちとし)さんは2008年、無実を訴えたまま死刑が執行されてしまいました。

久間さんを犯人とした最大の証拠はDNA鑑定でした。それからDNA鑑定の技術は飛躍的な進化をとげ、現在では当時の鑑定方法は精度が低くまったく信用に値しないことが明らかになっています。

ここで必ず比較に出されるのが「足利事件」。1991年に栃木県で発生した幼女誘拐殺人事件で、犯人とされた菅家利和さんは2010年に再審無罪を勝ち取りました。世の中が「冤罪」や「再審」に注目するターニングポイントとなった事件としても、知られていますね。

菅家さんを犯人としたのもDNA鑑定。しかも飯塚事件と全く同じ「MCT118型」と呼ばれる鑑定方法が用いられました。

“東の足利、西の飯塚” と呼ばれるほど共通点のある2つの事件ですが、違いは鑑定資料が残っていたかどうか。「足利事件」は当時の資料が残されていたため最新の技術で再鑑定を行うことができ、菅家さんの無実が証明されました。

一方の「飯塚事件」は、資料が全量消費されていました。さらに鑑定書に添付された写真に久間さんと異なるDNA型(真犯人かもしれない!!)が写っていたにもかかわらず、その部分が切り取られていたことも明らかになっています。科捜研が不正行為を行ったとしか思えません。恐らく久間さんを犯人に仕立て上げたい捜査サイドの意向を受けてのことでしょう。

科捜研は警察の一部門であり、独立した公正中立な機関ではありません。“警察の下請け街工場” と揶揄されることもありますが、まったくその通りだと思います。だから鑑定の不正が横行し、冤罪を生み出す温床になっているのです。

さらに蛇足かもしれませんが補足を。「足利事件」、「飯塚事件」ともに幼い女の子が犠牲になったため、菅谷さんも久間さんも小児愛の性癖がある…などというデマが流布されました。今もインターネットなどではこうした記述を見かけますが、まったくのフェイクです。警察は無実の人間を犯人にデッチ上げるため、マスメディアを使ってこうした印象捜査を行うこともあるのです。

無実を訴えたまま処刑された「飯塚事件」の久間三千年さん。現在は家族が再審請求を行い、最高裁で闘っている。

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■今回の判例を再審への足がかりに

ハナシを最初に戻します。今回の乳腺外科医の無罪判決が、いかに重要なものかおわかりいただけたと思います。

裁判所が科捜研の不正行為を大々的に認めたのは、本当に画期的なこと。今回の判例が、科捜研のデタラメぶりにメスを入れる契機になるかもしれません。そして「北陵クリニック事件」や「飯塚事件」の再審への突破口を切り開く、大きなカギになるかもしれないのです…。いや、必ずそうしなければなりません!!

検察が今回の無罪判決を不服として、控訴してくる可能性も十分に考えられます。控訴してきたら東京高裁でもう一度裁判が行われ、最悪の場合無罪が取り消され「有罪」にされる恐れもあります。そんなことは絶対に許せません。

検察が控訴できる期限は3月6日…どうか厳しい目で、検察の出方を見守ってください。

 

「乳腺外科医師冤罪事件」、東京地裁前で無罪判決を伝える弁護団。(写真:日本国民救援会

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【99】千葉刑務所の食事

丸々1ヵ月、更新が滞ってしまいました。また頑張って守大助さんのこと、冤罪のこと、日本の司法の問題を伝えていきますので、宜しくお願いいたします!!

この1ヵ月の間に、冤罪を取り巻くいろいろな動きがありました。

  • 1月17日「大崎事件」検察が最高裁に突然の意見書提出(怒)
  • 1月19日「イノセンス刑事弁護士」(日本テレビ)放送開始
  • 1月25日「豊川幼児殺人事件」名古屋高裁が再審請求を棄却(怒)
  • 2月8日「布川事件」の桜井昌司さんら「冤罪被害者の会」結成(3月)を発表
  • 2月8日「松橋(まつばせ)事件」熊本地裁で再審公判開。無罪確定の見通し(喜)
  • 2月10日「カンニング竹山の土曜 The Night」(Abema TV)で「飯塚事件」紹介

それぞれの出来事については、また機会を設けて書きたいと思います。

 

■守大助さんのお正月@千葉刑務所

千葉刑務所の守大助さんから便りが届き、年末年始の様子が書かれていました。ちょっと季節外れになりますが、紹介します。

年末年始は仕事でした。12/31、1/1、1/3、1/4と…。なんだか正月という感じがなかったです。今年の年賀状は全国から850通届きました。皆さんからの温かく力強いメッセージが、塀の中に一人でいる私を心強くさせてくれました。嬉しかったです!

正月メニューは1月1日が おせち、ぞう煮(モチ2個)、1月2日がモチ2個(あんこ、きなこ)。

これだけなので寂しいですネ。紅白かまぼこ、伊達巻など正月を感じる物が入ってなく、とりから、魚、照焼きとレトルト?ばかり入っていて…年々悪くなっています。

早く外で新年を迎えたいです。

 大助さんの「仕事」というのは炊事係。約1000人分の収容者の食事を作る作業に従事しています。もし大助さんが患者さんの点滴液に筋弛緩剤を入れるような犯罪を犯していたら、大切な食材を扱う仕事を任されるでしょうか? これも立派な「無実の証拠」だと思います。

そしてこの手紙で何よりも身につまされるのが、食事。もちろん贅沢が許されないのは分かりますが…。大助さんが千葉刑務所に収監されたのは2008年8月。塀の中で11回目の正月を迎えました。何としても再審を実現させ、一刻も早く娑婆の正月を味わってもらわねば!と思います。

普段の食事はさらに質素です。一昨年(2017年)の11月、千葉刑務所の「矯正展」で写真を撮ったので紹介します。一角に展示されていました。

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ちなみに千葉刑務所の受刑者は以下のような方々です(2017年11月当時のデータ)。

  • 約65%が無期刑受刑者(守大助さんもこの1人)
  • 平均年齢53.2歳(無期刑は56.9歳)
  • 65歳以上が約24%
  • 70歳以上が約14%
  • 最高齢90歳

高齢化する受刑者の体を考えると、このぐらいの食事が健康的で良いのでしょうから、もちろん刑務所は悪くありません。しかしやはり、これは無実の人間が味わうものではありません。引き続き大助さんの再審無罪の実現に向けて、そして冤罪の撲滅のために運動を盛り上げていきます。

 

千葉刑務所の正門。1907(明治40)年築。受刑者が過ごす建物はもっと新しいです。

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【98】検察に冤罪救済部門が!?『アメリカにおけるえん罪救済の最前線』

■26年間で2300人以上の無実が明らかに!!

1月12日(土曜日)、立命館大学 大阪いばらきキャンパスで行われたシンポジウム『アメリカにおけるえん罪救済の最前線』に参加してきました。

アメリカでは「イノセンス・プロジェクト」と呼ばれる、科学者や弁護士が中心となった冤罪救済活動が1992年にスタート。それから約26を経た現在までに、2300人以上もの有罪確定者の無実が明らかになっています。この中には死刑や終身刑を宣告されていた事例も多く含まれています。

1年間で何と、平均約90人が雪冤を果たしている計算になります。日本で再審無罪を勝ち取ったのは、1910年代から現在までの間でわずか16件…。アメリカの数字は本当に驚異的です。今回は「イノセンス・プロジェクト」を推進する3人のキーパーソンが来日し、取り組みの最前線を報告しました。

左から、アイラ・ベルキン教授(ニューヨーク大学教授、アジア法研究所US-ALI事務局長)、クリス・ファブリカント弁護士(イノセンス・プロジェクト訴訟戦略部門長)、サイモン・A・コール教授(カリフォルニア大学アーバイン校教授)。

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■データベースで2300件以上の冤罪の原因を可視化

実はアメリカでも “充実した司法制度の下で冤罪事件など起きるはずがない” という神話が、長年にわたって信じられてきました。しかし1989年、最初のDNA鑑定による雪冤をきっかけに冤罪の存在が次々に明るみに。これを受けて始まった「イノセンス・プロジェクト」は、検察や裁判所も巻き込んだ一大ムーブメントとなります。

イノセンス・プロジェクト」の目的は、大きく2つあります。

  1. 過去の冤罪事件の発見と救済
  2. 冤罪を生まない制度改革や政策提言

過去を教訓に、2度と同じ過ちを起こさない未来を創ろうというわけです。実際この26年の間に、いろいろな進展がありました。

  •  DNA資料(証拠)への弁護側のアクセスを保証。警察・検察による資料の保管も義務付けられる
  • 警察・検察による取調べ全課程の録音・録画の義務付け。
  • 検察による全ての証拠開示の義務付け。
  • 検察庁内部に過去の冤罪事件を調査する部門を設置。
  • 裁判所内に冤罪捜査委員会を設置(ノースカロライナ州)。
  • 州によっては死刑制度を廃止(イリノイ州など)…など。

 冤罪救済部門のある検察庁は全米約2300のうちまだ23ヵ所だそうですが、設置されたという事実自体がスゴいと思います。今後も流れは止まらないでしょう。

もうひとつ、スゴいと思ったのが「全米雪冤者データベース」の存在。2300件以上の事例がすべてデータベースに登録され、冤罪の原因が定量的・統計的ににわかようになっているといいます。日本では信じられないハナシです。

日本人の参加者の1人は “まるで飛行機の事故防止策のようだ” と感想を述べていました。1件の墜落事故が起きると原因が徹底的に究明され、同じ原因による事故は2度と発生しないよう万全の策が取られる。「イノセンス・プロジェクト」の取り組みもソックリだと言うのです。 本当にその通りです。

データベースによって分析された冤罪の原因。「偽証・誤った告訴」「裁判官・検察官・警察官等の非違行為」が多いのは、ある意味で日本ソックリ。

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■もっと早く『冤罪』を学んでいれば、もっと良い検察官になっていた

報告者の1人、アイラ・ベルキン教授は元・連邦検察官。質疑応答の時間に “現役の検察官時代『冤罪がある』という認識を持っていたか?” と質問してみました。 

日本では “自分たちは絶対に正しい。一度起訴したら100%有罪にするし、再審も認めない” という検察の異常な傲慢さが冤罪を生む原因になっています。そこでアメリカの検察官はどんな気持ちで仕事にのぞんでいるのかを聴いてみたかったのです。

アイラ教授はしばらく考え込んだ後、このように答えました。

「誰もが無実の人間を訴追したくて検察官になるワケではありません。ただし人間の性(さが)として、自分の過ちを認めたくないものだし、実際に検察官が過ちを認めないケースもたくさんあります。

私自身もキチンと調査し、十分な証拠を積み上げた上で起訴していたし、自分が誤っているという認識はありませんでした。おそらく検察官の意識は、日本もアメリカも大きく変わらないと思います。それを変えていくには、イノセンス・プロジェクトのような運動しかありません。すべての検察官の意識を変えるのは難しいかもしれませんが…」

しめくくりに “もし現役時代に冤罪について研修を受ける機会があったら、私はもっと良い検察官になっていたかもしれません” とも語ったアイラ教授。答えにくい質問に、正面から答えてくれました。果たして日本で、こうした誠実さと謙虚さを持っている検察官はいるのでしょうか? いると信じたいものですが…。

元・検察官としての心情を語ったアイラ・ベルキン教授。

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 ■台湾、韓国、中国も動き始めている

イノセンス・プロジェクト」が進んでいるアメリカでさえ、まだたくさんの問題があるといいます。全米230万人の服役囚のうち、20万人以上が冤罪の可能性があること、警察の鑑定人による証拠のねつ造や、検察が過ちを認めないケースも依然としてあるなど…。日本とソックリな部分もありますが “こんな状況はダメだ、何とかしなきゃ!” という意識の高さは雲泥の差です。

冤罪根絶に向けた動きは世界各地でも生まれており、アジアでは台湾が「イノセンス・プロジェクト」にいち早く取りかかっています。昨年その総会に参加した布川事件の桜井昌司さんは “検事総長が出席して挨拶を述べたことに大きな感銘を受けた” と振り返ります。

 韓国でも、取調べへの弁護人の立ち会いや録音・録画が始まっています。また自由な言論や活動が制限されている中国でも、北京の弁護士有志などによって冤罪をなくそうという取り組みが始まっているそうです。

日本でも、今回のシンポジウムを主催した『えん罪救済センター』(日本版イノセンス・プロジェクト)が立ち上がるなど、他国に遅れを取りながらも状況が動きはじめています。この流れを断ち切らないよう、できることにチャレンジしていきましょう!(了)

日本版イノセンス・プロジェクト「えん罪救済センター」のHPはこちら!!

www.ipjapan.org

 

 

 

 

【97】強姦えん罪、国賠棄却(怒)裁判所が裁判所を裁くのは無理だった…。 

■“検察も裁判所も悪くない” と開き直って国賠を棄却

ありもしない強姦の犯人とされ、再審無罪となった男性が起こしていた国家賠償請求(国賠)が、大阪地方裁判所で棄却されました。夕方のニュースで報道されたので、怒りを覚えた方も多くいらっしゃるでしょう。私も「怒怒怒怒…」です。

おさらいすると、こんな事件です。2008年、当時65歳だった男性が、同居していた14歳の少女に性的被害を与えたとして逮捕・起訴されました。少女は男性の奥さんの連れ子の子どもで、孫のような存在だったといいます。

逮捕のきっかけは “乱暴された” という、少女の被害届。男性は 一貫して無実を訴えますが、警察、検察、裁判所は “勇気を持って訴え出た少女がウソをつくハズがない” というバカの一つ覚え(冤罪量産の典型的パターン)で少女の言葉を鵜呑みにし、懲役12年の刑が確定してしまいます。

その後、成人した少女が男性の弁護人に“本当は被害を受けていない” と告白。男性は刑務所から再審請求し2015年10月、晴れて無罪に。逮捕から約7年の時間が失われていました。

今回の国賠では冤罪を作り上げた検察や裁判所の責任を問うべく、国と大阪府(後述します)賠償を求めていました。ところが大阪地裁・大島雅弘裁判長は “少女がウソの供述をする動機を見出すことは困難で、検察は通常要求される捜査を怠ったとは言えない” “裁判でも少女がウソを告白したという証拠は提出されていない” と、男性の訴えを門前払い。当時の状況で無実を信じることができなかったのは仕方ない…というわけです。

国賠棄却を伝える夕方のニュース。「報道ランナー」(関西テレビ)より。大島裁判長の心中はいかに…?

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■守大助さんのケースにソックリ!最低限の事実調べもせずに有罪

では本当に有罪は不可抗力だったのでしょうか? 再審を進める中で、驚くべき事実が明らかになりました。

・男性が逮捕された2008年の時点で、“少女は性的被害を受けていない” という産婦人科のカルテが存在していた。

・懲役12年の判決を受けた2009年の時点で、すでに少女が “被害はウソ” と打ち明けていた。

実は弁護人も早くから “カルテがあるはずだから調べて欲しい” “少女に話を聴かせて欲しい” と、裁判所に求めていました。しかし大阪高裁・湯川哲嗣(てつし)裁判長(2016年定年退官)は、これらの訴えを門前払いにして男性を有罪にしました。

どうでしょうか…守大助さんの「北陵クリニック事件」にソックリです。このブログでも繰り返し書いてきましたが、カルテを調べれば、医師に聞き取りを行えば、大助さんの無実はスグ明らかになるでしょう。しかし裁判所は事実調べをカタクナに拒み、大助さんを無期懲役囚として刑務所に閉じ込め続けています。

これが日本の裁判の現実です。

ちなみに湯川哲嗣・元裁判長、発売中の雑誌『冤罪File』に登場しています。驚かれるかもしれませんが、冤罪の専門誌があるのです。誌面では本人に直撃インタビューを試みていますが “ノーコメント” を連発して逃げ回っています。これがその写真です。

冤罪File』2018年冬号・82ページより。この人、ウィキペディアにも出てきます。裁判官を退いた後、国の勲章のひとつである瑞宝重光章」を受章したらしいです。冤罪FIle』の購入は写真下のリンクから!!

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■冤罪を作った警察、検察、裁判所に懺悔させる仕組みづくりを

今回の件で改めて考えさせられるのが、国賠制度そのものの在り方。公正中立なんてタテマエ。そもそも裁判所が裁判所自身や、同じ国の機関である検察を裁くなど無理なハナシです。国賠を提起する先が裁判所という制度自体、見直さなければなりません。

そして先ほども書きましたが “国と大阪府を相手に賠償を求める” って、ヘンじゃありませんか? 裁判所や検察の責任を問うのに、なぜ国や自治体が相手なのか…? それに “国” って誰のことを指すのか?

要するに警察、検察、裁判所は責任を取らなくて良い仕組みになっているのです。萎縮して職務遂行できなくなるのを防ぐため、個人は免責されるという理屈らしいです。これではイイカゲンな捜査も裁判も野放しし放題、冤罪がなくなるハズありません。

もし一般企業で手抜き仕事をして事故や損失を出したら、その担当者は当然ペナルティを受けるでしょう。しかし刑事司法の世界では、このアタリマエが通用しないようです。

いろいろな冤罪の例を見聞きしても、無実の可能性も含めて証拠を精査して、あらゆる角度から審理を尽くして…それでも無実の人を誤って罰してしまった…という例はほとんどありません。

予断と偏見で最初から犯人と決め付け、基本的な裏付け捜査も事実調べも行わず、強引に自白を迫り、時にはウソの証拠をデッチ上げて無実の人を陥れる、というのが冤罪の現実です。

布川事件」で29年を獄中で過ごし、再審無罪を勝ち取った桜井昌司さんは “冤罪を作り上げた当事者に責任を取らせる制度づくりが必要” と言います。

足利事件」で17年を獄中で過ごし、同じく再審無罪となった菅家利和さんも “自分を冤罪に陥れた挙げ句、無実が明らかになっても謝らない刑事を絶対に許せない” と怒りを込めて訴えます。

やはり冤罪救済の第三者機関が必要です。そして冤罪被害を受けた人々への補償費用は湯川哲嗣・元裁判長のような人たちの財産を没収して充てるべきでしょう。(了)